エクセリアの生き残り

─────あの日、何も出来ないで終わった涙を覚えている。


「そうか・・・生きていたのだな・・・!」


だからこんなにも、嬉しくて。

だが同時に、懺悔で胸が張り裂けそうになる。

この気持ちを、なんと表せばいいのか。


「・・・父よ。話せるか。」


息子の言葉に、幾分か冷静になれる。

そうだ、確かに話さなければならない。

あの日あったことを。



助けたくても、助けられなかった義兄せんゆうを。

そして、スノウとその母親を、助けることを許されなかった時のことを。









レイゴルトが帰省した日。

何気ない話題で盛り上がっていた中、とある単語を聞いてクラウスの様子は変わった。


"スノウ"


孤児院出身で元帝国軍。

様々な研究施設を転々として、最終的に群に隠れ蓑として入ることになった。


その人物の名を、クラウスは知っていた。

クラウスはレイゴルトに家系図を見せた。


結果、スノウの苗字はエクセリア。

クラウスの妻であるサリナの兄、ザック。

そしてセリカの間に産まれた娘だった。


あの日の赤ん坊は、孤児院に拾われて生きていた、という話に繋がる。



「・・・マキシアルティ家はもう、地に落ちている。

だが同時に私は身動きは取れんのだ。

せめて遺ったこの地を、離れることは出来ん。」



何も出来なかったクラウスは、心が折れていた。

合わせる顔すら、無いのだろう。

事情はわかった。

だが、そのままにして知らぬまま居ることはレイゴルトには許せなかった。


確かにクラウスは悪くないのだろう。

ならば不要な十字架を背負い続けていいはずが無いのだから。



「・・・父よ。俺はこの真実をスノウに伝えよう。」

「レイゴルト・・・だが・・・。」

「俺は少しでもスノウを人並みに生きていけるように尽力しよう。

その為にも、父にはスノウとちゃんと顔を合わせるべきだ。」



レイゴルトはその後悔を、理解した上で立ち上がらせようとする。

せめて家族に近い自分たちが笑い合えるようにするべきだろう、と。

スノウが自身の従妹だと分かったその時から決意していた。


驚愕もあった。

だが、他者の涙を拭うことに変わらない。

知らなかったとはいえ、従妹であるならば、それを守る義務はある。


レイゴルトはたったそれだけで、既に何をするか決めていた。



「・・・この不甲斐ない父をも、立ち上がらせようとするのだな。」

「無論だ。せめて残った家族くらい、笑っていてもらいたいのは同じだろう。」



その言葉はあまりに正しく、クラウスは頷くしか無かった。











それから時が経ち、スノウとクラウスが顔を合わせて会話を弾ませることが出来た。

偶にまた、話すこともある。


そうして繰り返すうちに、レイゴルトはあることを思い出す。

それはレイゴルトが帝国軍に裏切られた日より少し前。

スノウとレイゴルトがお互いを全く知らなかった頃。


スノウはまだ、二桁の年齢になっているか、なっていなかった位の年齢だった。

戦闘でスノウの力を試す場に、レイゴルトもいた。



「・・・そうか、あの少女はスノウか。」



結構な時間が経ってしまったが、ようやく気づくことが出来た。

大人相手に恐れず、魔法の才能と精度を余すことなく発揮して圧倒する。

群の最高峰の戦力と比べれば、個人の戦闘力は霞むが事前準備や戦場の選択によっては恐るべき結果を生み出せるだろう。


そう、明らかに才能は頭抜けていた。

もし彼女が真っ当な上司がいたとして、そのまま腕を上げて頭角を表したとしたら。

きっとレイゴルトと並ぶ英雄になっていたかもしれない。


だけどそれは─────。



「・・・スノウの幸福には程遠いだろう。」



誰かに必要とされ、役に立てる。

その点においてはスノウにとっては良かったかもしれない。

だがレイゴルトのような破綻者でも無ければ、その役目に縛られ、いつかは壊れてしまうだろう。


せめてそうなら無かったのは、果たして不幸中の幸いなのだろうか。



「クソ兄ぃ!ブランがまた噛むぅう!」

「スノウが犬扱いするからだろ。」



・・・ため息をしてしまう。

さっきまでの考えが吹き飛ぶ。

視線を向ければ、いままさにスノウはブランに噛みつかれていた。


まるで、今が幸せならいいじゃないかと告げられたようで、思わず笑いが出る。

これからもスノウを従妹として守り続けることには変わらないが、今はブランもいる。


とはいえ、普段のじゃれあいと痴情は己の管轄外だ。

なので自分はこう二人に言うべきだろう。



「────お幸せに。」




その後、スノウはブランに引きずられていったが・・・何があったかは特に考えないこととする。

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