第3話 人間さま

 ふと意識が戻ったときに俺は、見覚えのない建物の中にいた。


 なんだろう……。

 夢の中にしては随分リアリティがある気がするぞ……。

 

 俺の目の前にいるのは1組の男女である。

 

 男の方はやたらと背丈が高く頭の上からはぴょこんと猫耳を生やしていた。 

 女の方は尖った耳が特徴的な絶世の美少女だった。



「なんだぁ? お前?」



 猫耳のオッサンは怪訝な表情を浮かべる。



「……わ、私ですか? 私は唯の人間ですが」



 この場合はなんと答えるのが正解だったのだろうか?

 少なくとも俺は目の前の男のように腰から尻尾が生えているわけではないし、耳が尖っているわけではない。 


 だからまあ、『唯の人間』というのは我ながらナイスな返事だったと思う。



「人間だと……!? この野郎……俺様のことをバカにしやがってっ!」



 ふぁっ!?


 言い掛かりにもほどがある!

 今の発言のどこにバカにする要素があったんだよ!?


 正気を失ったオッサンは俺に対して大きく拳を振り下ろす。



「……なに? 俺様の攻撃を受け止めただと……!?」



 うげええええええ! 

 ビックリしたな! もうっ!


 いきなり殴ってくるから驚いたけど……このオッサン、なかなかの演技派である。

 あれだけ勢いを付けて殴っているのに、力は完全にセーブしてくれているみたいだ。


 そこで俺は考える。


 たぶんだけど俺は……映画の撮影か何かに巻き込まれたんだろうな。

 そう考えると、このオッサンの力が弱すぎることにも納得がいくし。


 よーし。

 そうと分かればこちらも期待に応えなければならない。



「どりゃあああぁぁぁ!」



 俺は出来るだけ大袈裟に叫び声を上げると、そのままオッサンの体をちょこんと押してやった。



 すると、どうだろう。

 猫耳のオッサンの体は大きく宙に浮いて壁に激突したではないか!



「……ゴバァッ!?」


 

 流石は演技派!

 全く力を入れていなかったのにオッサンは、ド派手なアクションを見せた。


 この人たぶんハリウッドでも通用すると思うわ。



「畜生っ! 覚えてやがれ!」



 オッサンはそんな捨て台詞を残すと、「ぜぇぜぇ」と肩で息をしながらも俺の元から離れていく。



「人間さま……!」



 オッサンが去ったのと同じタイミングで俺に声をかけてきたのは先程のエルフの美少女である。


「えーっと。キミは……?」


「申し遅れました。私はリア。エルフ族のリアと申します」


 リアと名乗る少女は自己紹介を交えながらも俺に対して手を差し伸べる。


「俺の名前は葉司。人間族の雨崎葉司だ」


「か、感動いたしました! 貴方は本当に……人間さまだったのですね……!」


「…………」


 どうにも腑に落ちないな。

 近くで見ると、リアの耳は作り物って感じがしないし。


 それにこの部屋には、撮影を行うためのカメラが何処にも存在しているように思えない。


 エルフの美少女から立て続けに謎の発言を受けることになった俺は益々、疑問を深めるのであった。

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