一章 炎_2
泉で遊び過ぎたせいもあり、ベッドの上で目を閉じたのは夜を告げる
慣れた手つきで髪を結う。最後に髪飾りをつけた。これをつけると、自然と勇気が湧く。
──きっと
揺れる髪飾りを
しかし、思考を止めるように大きな足音が耳に入る。すぐに
「おいっ! 起きろっ! 逃げるぞ!」
「……お兄ちゃん? 急にどうしたの?」
「外を見ろ! 火事だ!」
イアンの言葉に
しかし、言われた通り窓の外を
「お、お兄ちゃん……どうしよう……」
「
イアンに手を引かれながら、着の身着のまま家の外へと出た。
村中に
──どうしてこんなことになったの? なぜ今なの?
「ライラ! 危ない!」
イアンの叫び声で
このまま眠ってしまえば、悪夢から目覚めるかもしれない。
「ライラ! 目を開けろ!」
イアンの
「お兄ちゃんっ!?」
「ライラ、行け。真っ
「意味わからないよ。お兄ちゃんも
イアンは
「……俺は無理そうだ。ごめんな」
「やだよ。私、一人は
どうにかしたい一心で、イアンの上に
──どうしよう。
イアンの
「おまえがわがまま言うの、五年ぶりだな」
彼は眉尻を落とし寂しそうに笑った。そんな
「
彼は口角を上げた。しかし、お世辞にも笑顔とは言えなかった。ライラの腕を掴む手の力が強くなる。腕に
「意味、わかんないよ……」
「こんなことなら、昨日もっと話しておくんだった。……行け、ライラ。時間がない」
「私、ここにいてもなにもできない?」
「ライラにできること、一つだけあるだろ?」
「なに? 私、なんでもする。だから──」
一緒に
「幸せになれ。ライラ。俺の分まで生きろ」
イアンがライラの腕から手を離す。その手でトンッとライラの胸を押した。
今のライラには、彼の言葉に静かに
最後に見た彼の右手が小刻みに震えていたのを覚えている。
ライラは真っ直ぐ走る。もう後ろを見たりはしなかった。兄のもとにはじわじわと火の波が迫っている。自身の非情さを
一人で走る中、降ってきた火の粉を浴びて左腕を焼いた。強い痛みに声にならない声を上げる。それでも、兄の最後の顔を思い出しながら走った。
川には既に数人の
「竜だ……竜人様だ……」
「
誰かが震えた声で
「竜……」
大きな竜がひとしきり村を
ヴォールの村は一晩で焼け野原となる。そして、ライラはいつもと
◆◆◆
朝日が顔に影を作る。村はこんなにも荒れ果てているというのに、リオート山はいつも通りの朝を迎えていた。来た道を
家という家は
大きな一本道を行けば、兄と別れた場所に行きつく。炭に変わった大木を見つけ、イアンの顔を思い出した。急に押し寄せる不安に、胸が
見つかるなと何度も唱えながら灰を
「お兄ちゃん……」
煤だらけの手の中には
肩が震えた。ライラは
「……ィーカ・ワース・ロー……やだよ……。言えないよ……」
『ィーカ・ワース・ローン・ゴ・フォール』という言葉がある。それは、ヴォールの村に伝わる別れの言葉だ。この言葉を死者に贈ることで、彼らは神のもとへといけるのだそうだ。母のときも、父のときもこの
ただの
風が吹いて骨についた煤を払う。煤が
ライラはほとんど燃えた家を荒らす。青い石だけはなんとしても見つけ出したかった。あれは、父との思い出だ。そして、小さな友達を呼ぶための
──一人はいや。
焼け焦げた木材をひっくり返す。しかし、汚れるばかりで大切な物は出てこなかった。
「ジァ・グ・ウィッチ」
唱えたところで、青い石は太陽の光を浴びなければ意味がない。ガラクタに
「ライラ?」
聞きなれた声に呼ばれ
「シスル……さん?」
「よかった。無事だったのね」
シスルは
「どうしてここにいるの?」
「どうしてって、約束したじゃない。
なにも言えず、静かに頭を横に振った。同時にシスルの形のいい
「そう……。でも、ライラだけでも無事でよかった」
「
「……夜中よ。突然村中が火の海になったの。お兄ちゃんと川に向かって……。私のせいでお兄ちゃんが……」
夜中の事をありありと思い出す。
もしも、あのときよそ見などしていなければ、兄は命を落とさなかっただろう。その事実を受け入れることができない。
「どうして、火事になったのかわかる?」
シスルの質問に思考がとまった。思い出すように視線を
「私、見たの。
「蒼い鱗に、蒼い瞳……。多分それは
「蒼竜王……」
シスルが大きなリオート山の頂上を指差す。
「北にある
「唯一蒼い……ルガー……」
気づいたときにはその場から駆け出していた。
「ライラッ!?」
思い出の泉にたどり着く。ここだけは時間を止めたように昨日と変わらない。
「なんでっ! なんであんなことしたの?」
空に向かって
「なんで村を焼いたの? なんでお兄ちゃんは死ななくちゃいけなかったの? 教えて!」
叫び声が森に
「
ライラの声はリオート山の頂上には届かない。
「ライラ、突然こんなところまできて、なにがあったの?」
シスルの
「ごめんなさい。なんでもないの」
「なんでもないなんて顔じゃないわ。お願い。私にも教えて? でも、このままは
シスルはテキパキと準備を始める。取り出したナイフで、着ていた服は破られた。
「っ……」
シスルの手が
「ひどい火傷ね。薬を
「ねぇ、シスルさん。本当に、私が見たのは本当にルガーって人なのかな?」
「突然どうしたの? ライラが見たのは蒼い竜だったのでしょう? この世界に蒼い竜人はたった一人しか存在しないわ」
「まだ小さかった頃、蒼い竜人に会ったことがあるの。蒼い髪と瞳で……ルガーって名乗った。蒼い竜に変わったところも全部見たの。とても
「人の一面は一つとは限らない。もしかしたら、
「偵察……。そういえば、私以外に人間はいるのかって気にしていたような気がする」
あのときは、二人だけの秘密に心
「ライラ、
シスルの言葉にドクンッと胸が
「シスルさん、どうしたら蒼い竜に会えるのかな? 私、お兄ちゃんの
右手を強く
──そうだ。お兄ちゃんが死んだのも、村がこんなになったのも、全部ルガーのせいだ。
だから、仇を取らないといけない。それができるのはライラだけなのだから。
「仇を討つことがどんなことかわかっている? 竜人を一人、殺すということよ?」
シスルの言葉に唇を噛みしめる。風が
荷物の上に無造作に置かれたナイフを手に取る。
『
彼のたった一言で
あの
──お兄ちゃん、待っていて。絶対仇を討つから。
結った髪をつかむと、根元から髪を
「私、お兄ちゃんの仇を取りたい。そのためなら、悪い
「なら、
シスルの口角がわずかに上がる。それがなにを意味するのか、わからなかった。
世界で一番甘い毒 竜王と花嫁、まやかしの恋 たちばな立花/角川ビーンズ文庫 @beans
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