一章 炎_1
「おまえ、
朝食の席に着くやいなや、兄のイアンが大きなあくびを放った。明け方のことを言い当てられ、
「えっ。お兄ちゃん、見ていたの!?」
「そんなわけあるかよ。隣の部屋からすっごい音がしたからすぐにわかったんだよ」
イアンはお
「おまえ、そんなんで
「うるさいなぁ~。ご飯くらい
ライラは
窓から空を見上げる。雪と氷を残した大きなリオート山が空いっぱいに広がっていた。
ヴォールの村は夏の暑さと冬の寒さを知らない。ここから南に馬で一日も走れば、大地が
「また、空ばっか見て。そんなに竜人様が見たいか?」
向かいに座るイアンが、パンの
「そんなことないけど……」
あの日以来、ルガーの姿を見ることはなかった。
「竜人様を呼べば
イアンが口の中に最後のパンの欠片を放り込む。リオート山は、ヴォールの村から見るとなんの
村に残る伝説の中に、竜人に
「わかってる。……でも、厄災なんて起きないよ」
本当は厄災など起こらない。現に、三年前はなにも起こらなかったではないか。しかし、これを知っている者はライラのほかには誰もいない。花嫁をさらうという逸話だって本当かどうか
「なあ、覚えてるか? 三年前のこと」
イアンの言葉にライラは首を傾げる。お気に入りの髪飾りが小さく音を立てた。
「父さんが死んで、ウィル様との結婚が決まったときのことだよ」
「お兄ちゃん……。まだ覚えてたの?」
「忘れるわけないだろ。夜になって
イアンは裏声で、泣きじゃくる
「うるさいなぁ~。お兄ちゃんはデリカシーって言葉知らないの?」
恥ずかしさを
「あんときはさ。おまえ、婚約は
「そうだね」
わずか十三歳で結ばれた婚約は、両親を
その事実を聞いたとき、婚約のことよりも兄から嫌われていないことに
「ライラはさ、これでいいのか?」
「いいってなにが?」
「なにがって、今聞くってことは結婚のことしかないだろ?」
イアンの
「おいっ! 俺は真面目に……!」
「はいはい。お兄ちゃん、この結婚はとってもいい話よ。みんな言っている」
結婚が決まった十三の
「みんなの話は今聞いてない。ライラは本当にいいのか?」
「いいもなにも、明日には結婚するの。……今日のお兄ちゃんは変。いつも変だけど」
「あのなぁ……」
「でも、別に嫌じゃないよ。ウィル様は
村長の
いいことずくめのはずだ。
それだというのに、窓ガラスにうっすら映る顔は、
今まで目にしてきた花嫁の笑顔はキラキラと輝いていた。それに引き
「嫌なら、結婚なんてやめていいんだ。なんならさ、これから二人でセントルに
「セントルって……
帝都セントルはこの国の中心地だ。ヴォールの村からでは早馬でも十日
「ほらさ、シスルさんにお願いして同行させてもらえばどうにかなるだろ?」
「あのね~。シスルさんに
シスルはセントルに住んでいる
「そういえば、シスルさん明日来るかな?」
「前に来たときに、結婚式に間に合わせるって言っていたしな。ひょっこり現れるさ」
「結婚のお祝いに、セントルで
「でもさ、本当に嫌だったら言うんだぞ。ここじゃないと
イアンには
「
「好きでもないんだろ?」
「大丈夫! 結婚から始まる
まだ子供だから恋を知らないだけ。ともに暮らすようになれば好きになっていくはずだ。
何度
ここ数ヶ月、結婚に向けた準備はしてきている。それでも、毎朝兄と話しながらの朝食がなくなるという実感が
◆◆◆
静かな泉の前で青い石を
「ジァ・グ・ウィッチ」
おまじないを受けて変化を示す。それが成功である印に、
「ライラ!」
「ライラ、スキー!」
飛び
「久しぶりだね」
「
「悲シイー」
「オハナシシヨ?」
「うん。私も寂しかったよ」
しかし、今日の目的は、ただ彼らに会いに来たわけではない。きちんと
「今日はね、みんなにお別れを言いにきたの」
「オカワリ?」
「ううん、お別れ。今日でみんなとはさようならしなくちゃいけないんだ」
一方的な別れを告げると、精霊たちのつぶらな
「サヨナラ?」
「バイバイ?」
「そう、ばいばい」
「ライラ、ヤー?」
「会イタクナイ?」
「キライ?」
小さな瞳にたっぷりと
「
風がピタリと
「あのね。次に会いに来るのは、とっても
「マタ会エル?」
「うん、また会えるよ。だって、私たち友達でしょう?」
「トモダチ!」
「ズットイッショ!」
精霊たちが飛び跳ねる。嬉しそうに風に乗ってくるりと回った。
彼らとの秘密の時間は大切なものだった。
気づけば髪飾りを
「あのね、みんなにお願いがあるの」
「オネガイ?」
「
「トモダチ!」
精霊たちが目の前に整列を始めた。その姿が
「あのね。ルガー……。えっと、
「蒼イノ?」
「そう、前に一度落ちてきたでしょう?」
「大キイノ!」
「彼がまたここに来たら……」
なにを伝えたいのだろうか。リオート山を見上げても答えは出ない。
蒼い瞳を持った
「ううん、なんでもない。そうだ、今日は歌って、
「歌ウ!」
「踊ル!」
「オハナシスル~!」
精霊たちは嬉しそうに笑った。日が暮れるまで彼らと歌い、踊り、話をした。最後の日も彼は来ない。人生ってそう
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