序章 秘密
一つ目は
そして、二つ目の秘密ができたのはライラが十三歳の時だった。
「森には
ここ──ヴォールの村は森に囲まれていた。大人たちは決まって「魔女が住んでいる」と子供たちを
「魔女が
生前父がこっそり教えてくれたことだ。危ないのは森ではなく、その先にある洞窟なのだ。
だから、人目を
あの日も、誰もいないことを
真っ
「ジァ・グ・ウィッチ」
この言葉の意味はよくわからない。父からは精霊に会うことができるおまじないだと教えられていた。
声に呼応し石がわずかに光る。気のせいかと思うほどの
少し待っていると、岩の反対側から小さな頭がひょこっと顔を出す。目が合うとつぶらな
「ライラ!」
「ライラ~。見、エルー?」
「見えるよ。こんにちは」
父に紹介されてから五年。彼らは一番の友達になった。
「ライラ、今日ナニー?」
精霊たちは次々に肩から
「歌ウ?」
「
「オハナシスル?」
彼らと視線を合わせるために、草むらに座る。
彼らはとても物知りで、なんでも知っているのだ。ゆっくりと、空を見上げた。大きくそびえ立つリオート
「ん~。そうだなぁ。今日はね、竜人のお話が聞きたいな」
「ナン、カイメ?」
リオート山を指差すと、精霊たちは
「そうだけど、いいでしょ?」
「リュウジン、大キイ!」
「空、飛ブ!」
精霊たちは小さな腕をこれでもかというほど広げた。ぴょんっと
「竜人は
「リュージン、ツガイ大スキ!」
「ウンメイ!
「運命ってなんだか
竜人と呼ばれる一族は、たった一人の
言葉で説明されても想像の域を
「ズット、イッショ!」
「ずっと一緒かぁ~」
「ライラ、大スキッ! ズット、イッショ!」
精霊たちが楽しそうに跳ね上がる。勢いのまま胸のあたりにしがみついてきた。彼らの小さな手が服に
草むらの上に
「番いかぁ~」
いつの間にか、精霊たちはライラの上に
彼らの存在を
ふと、歌声が
精霊たちは一斉に空を見上げる。小さな手でリオート山を指した。
「クル!
「
「
精霊たちが大きな声を上げた。驚いて起き上がれば、
「えっ!? なにっ!?」
「ライラ、隠レテ!」
精霊特有の
隠れる場所を探す
前髪から
落ちついたはずの泉からぶくぶくと
──泉になにか落ちたんだ。
もう一度、水飛沫が上がった。
「危なかった。もう少しで
人の声だ。聞き覚えのないそれにおそるおそる
腰まで
しかし、その男を見たことがない。百人程度の小さな村だ。知らない人などいないはず。彼は村のどの男とも違う雰囲気をまとっていた。
着ている服は簡素ではあるが、どこか上品さを感じる。
頭からは大きな角のような
「……あなたは
蒼い
「私はルガー。ここには君以外に誰かいる?」
ルガーと名乗った男はあたりを見回した。言葉の代わりに必死になって頭を横に
「そうか。よかった。もしかして、ここは君の
「住処? ううん、違うよ。私の家は、森を出たところ」
「そうか、それはよかった」
ルガーは前髪が
「ごめんね。私のせいで濡れてしまった?」
そういえばと、立ち上がり長いスカートを持ち上げた。服どころの話ではない。全身がぐっしょりと濡れている。
「家に帰れば
「ああ、私はいいんだよ。だって、ここに泳ぎに来たんだ」
ルガーは目を細めて笑う。
ルガーはずっと遠くから来たに
「それだけのために?」
「そう。おかしいかな?」
そこまでする価値が水にはあると思えずクスリと笑った。ルガーは首を傾げている。その行動すらおかしく感じ、腹を
「変。と~っても変だよ」
「そうかな?」
もう一度首を傾げると、彼はなにも言わずに泉の中に
驚きに目を丸くしていると、ルガーが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
「なんでもない……よ」
ルガーは泉の
「このままだと君が
彼は一人
「
世界のどこかには、魔法使いと呼ばれる人間がいると精霊から聞いたことがある。不思議な力を使うのだとか。魔女は世界に恐怖をもたらす存在だけど、魔法使いはその力で人々を助けてくれるのだ。彼はその魔法使いに違いない。だって、不思議な力で困っているライラを助けてくれたのだから。
しかし、彼は笑うばかりで明確な返事はしなかった。その笑顔を見て、これは聞いてはいけないことなのだと
「私がここに来たことは、秘密にしてもらえないかな?」
「……いいよ。私がここに居たことも秘密にして? 私も本当はここに来ちゃいけなかったの」
「そうか。じゃあ、二人だけの秘密だね」
ルガーがライラの頭を優しく
「君はなにをしに来たの?」
「精れ──……ううん、ちょっと一人になりたくて。ここに来ると元気になれるから」
「君みたいに小さな子が一人になりたいなんて、なにかあったのかな? 私でよければ聞くよ。秘密にしてくれるお礼だ」
ルガーは岩の上に
「十日前にお父さんが死んだの」
「それは、辛かったね」
ぽつりと
「一人じゃないから大丈夫。お兄ちゃんがいるもん」
「お兄さんのことが好きなんだね」
「うん。でも、お兄ちゃんは私のこと好きじゃないんだ……」
「なんで?
「私、三年後にウィル様と
村長の息子であるウィルとの婚約を伝えられたのは、今朝のこと。味のないスープに
ウィルは七つ
「お兄さんが君のことを嫌いだって言ったの?」
言葉の代わりに頭を横に振った。
「なら、
「嫌いじゃないなら、なんでこんなときに婚約なんて言うの? 私ね、スープもまともに作れないし、
「私はお兄さんではないからわからないな。でも、なにか理由があったんじゃない? そういうときこそちゃんと話をしたほうがいいよ。たった二人だけの家族なんだろう?」
ルガーが目を細めて笑う。優しい笑顔に気づいたときには頷いていた。
「でも、聞いてみて『嫌い』って言われたらどうしよう……」
ライラにとって兄が
これ以上誰かの
ぎゅっとスカートを
「私は直接力になれないけど、
ルガーは、自身の長い髪を留めていた飾りを外す。右耳の下で留められていた髪が、風に吹かれて広がった。
「さあ、後ろを向いて」
言われるがまま背を向ける。彼はライラの頭をひと撫ですると、髪を器用に
「
ルガーは鼻歌交じりに髪を結う。一本に結った髪の先に髪飾りをつけた。
「おしまい。これで、今日はお兄さんと話ができるよ。ちゃんと、
大きな手が再び頭を撫でる。それだけで、勇気が湧いてきそうだ。視界の端で髪飾りが揺れる。銀の輪のような髪飾りは、見たこともない小さな石が数種類
「ありがとう……」
「どういたしまして。それじゃあ、そろそろ帰ろうかな」
「もう行っちゃうの?」
もっと話がしたい。こんな気持ちになるのは初めてだ。しかし、ルガーのほうはあっさりしたもので、一つ頷くと空を見上げた。
「
「じゃ、じゃあ。また会える? これのお礼がしたいの!」
「どうだろう? 近くに住んでいるからまた会えるかもしれない」
「この近くに住んでいるの? 会いに行っちゃだめ?」
ルガーは
「ばいばい。
彼は
竜はすぐに飛び立った。山の頂上に向かって一直線に。彼の残した強い風を受けながら、ただその姿を見送るしかない。
「……お嬢さんじゃないよ。私の名前はライラだよ」
小さくなる姿を目で追いながら
◆◆◆
ふいに、視界がぐにゃりと
突然の
ガンッともゴンッとも取れる音がこだまする。目の奥で星が飛んだ。奥から押し出された
「……ったぁ……夢かぁ」
頭がズキズキと痛む。すぐ隣にはベッドの
頭を擦りながら起き上がった。窓の外はまだ
随分と昔の夢を見ていたようだ。三年くらい前だろうか。外で隣の家の
──こっちは現実。
彼の
一つ目は精霊と会う方法。二つ目は蒼い竜と会ったことがあること。
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