第10話 幸福脳の王子③
「その指輪は持つ人の能力を何倍にも高める力があるのです。嵌まっている石がある種の放射線を出しているとも考えられますが、僕は神秘的な力を秘めた指輪と解釈しています」
優馬のまなざしには、何かを見通すような力強さがあった。わたしはふと、この前会った時に抱いた疑問を思いだし、優馬に問い質した。
「ところでひとつ、うかがいたいんですが、どうしてこの前、わたしのことを『ユマクラ』の社長令嬢だなんておっしゃったんですか?そんなこと、ひとつもお話していないのに」
「ああ、それは簡単です。御宅の近くでお見かけした時、あなたの着ていた服が『ユマクラ』の新作ワンピースだったからです。あれだけ大きなお屋敷のお嬢さんがリーズナブルなネットブランドの服を着ているということは、買ったのではなく『家にあった』と考えてしかるべきです。あとは僕の想像ですが……おかしいですか?」
わたしは優馬の洞察力に舌を巻いた。やはりこの青年は、ただの呑気な王子様ではない。
「あの、ええと……これは次回、お返事をする時にあらためて受け取るかどうか決めさせてください。ではこれで、失礼します。ごちそうさまでした」
わたしは品よく礼を述べると、呆気にとられた表情の優馬を尻目にそそくさと店を出た。
――いけない、もうこんな時間。……まったく、いやんなっちゃうわ。
わたしはディナーにつられた自分のいやしさを棚に上げ、タクシーを目で探し始めた。
優馬には悪いがこの次、彼が『お屋敷』を訪ねてきたとき、わたしはもう社長令嬢ではなくなっている。ミッションの完了と共に邸宅は空き家となり、彼が返答を待ちわびている貴代由麻という人間はどこにもいなくなっているからだ。
――ごめんなさい。王子さま。ちょっぴり楽しかったわ。
わたしが束の間のくすぐったさを噛みしめていた、その時だった。交差点の近くに停まっている黒塗りの車両から、ただならぬ気配が滲み出ていることを、わたしは察知した。
――まさか、こんなところに工作員が?
ミッションの為の外出以外、めったに夜の街を歩かないわたしにとって慣れない状況での不意打ちはいつも以上に不利といえた。
――待って。まだ『攫われる』準備が整ってないわ。
わたしは目に見えぬ悪意にアンテナを張りめぐらせつつ、慎重な足取りで反対側の通りへ移動を始めた。
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