第4話 第二話 流浪の姫


 わたしの名前は月城桃華。十六歳、高校一年生だ。


 六歳の時に実の両親と死別(とわたしは思っている)、その後、育ての父となる男性に引きとられ、現在も継父の元で暮らしている。


 わたしは自宅からやや離れた公立の高校に通っているが、それとは別に世間には知られていない学校にも籍を置いている。


 学校の名は『天狼女学院』。


 校舎はなく、主にオンラインで教室同士を結ぶ通信制の学校だ。ここに籍を置く生徒たちは皆、ある共通の目的を持っている。それは『王虎塾』と呼ばれる集団のOBが営む犯罪組織を殲滅するというものだ。


 つまり『天狼女学院』は特殊工作員の養成学校であり、ここに在籍する生徒――つまり工作員とその候補たちは皆、それぞれ何らかの理由があって入学してきた者たちなのだ。


『王虎塾』とは今から二十年ほど前、鉱山や農園で財を成した王仁山虎三郎という人物が開いた私塾で、卒業生のほとんど何らかの形で成功者となっている。だが、覇道を極めるためには手段を選ばないという方針が示す通り、OBたちが営む組織の多くは企業や法人の姿を借りた犯罪組織、秘密結社だった。


『天狼女学院』の創設者、通称『青髭理事』は元『王虎塾』OBでかつては腕利きの殺し屋でもあったが、あることがきっかけで『王虎塾』に反旗を翻すことを決意した人物だ。


『青髭理事』は、実を言うとわたしの育ての父でもある。六歳の時、両親を『王虎塾』に奪われたわたしを組織を裏切って助け、今日まで育ててくれたのが『青髭理事』なのだ。


 詳細はいまだに不明だが、わたしの両親も『王虎塾』の工作員だったようだ。それがわたしのために組織を抜けようと画策し、その情報が漏れて始末されたということらしい。


 わたしは六歳の時両親の留守中に誘拐され、わたしの殺害を命じられた『青髭』によって救出された。そして数年間を人里離れた彼のアジトで特殊訓練を受けながら過ごした。


 わたしは学院に「通学」しながら、理事からの指令で囮工作員として犯罪組織に潜入する日々を送っている。


 わたしの通称は『人質姫』。


 ある理由で特殊体質となったわたしは、偽の資産家令嬢となってわざと誘拐され、敵の組織を内部から壊滅させるというミッションを主に請け負っている。


 誘拐犯と交渉するわたしの仮の父親は『プレジデント多羅尾』という年配男性で、ありとあらゆる種類のエグゼクティブになりきれる演技力を持つ、青髭腹心の工作員だ。


 わたしの特殊能力を知っている者は父のほかはごく僅かしかいない。平凡な少女と高をくくってわたしを拉致した者たちは皆、わたしの本当の姿を見て戦慄を覚えることになる。


 わたしの日々は両親とわたしの未来を奪った悪を根絶やしにするまで、終わらないのだ。


 ――それにしても、父親がクズなら息子もクズの跡継ぎに恥じないろくでなしだ。


 わたしは令司が放った外来生物の姿を思い出し、嫌悪感に身震いした。駆け出しのワルにわたしの本性を披露するのは気が引けたが、手段を選んでミッションを台無しにするわけにはいかない。


 わたしが胸に残ったもやもやを持て余していると、パソコン会議の着信音が鳴った。


「はい、どなた?」


「こんばんは、モモ。サラよ。この間のミッションの首尾はどうだった?」


 ディスプレイの向こうに現れたのは、数少ない友人の松井沙羅だった。彼女もまた工作員の一人だが、その経歴は友人であるわたしもよく知らない。知っているのは彼女が美しいということと、信頼のおける人物であるということだけだった。


「まあまあね。思いのほか手こずらされたけど、やっぱりお坊ちゃんだったわ」


 わたしがひとしきり愚痴めいた顛末を漏らすと、沙羅は頷いて薄い笑みを浮かべた。


「そういう物よね。向こうが悪党なら、こっちはそれを上回る「怪物」でなきゃいけないってこと」


 沙羅の言葉には、同じように宿命に殉じた同志ならではの重さがあった。


「じゃあ、またね。誰とも争わない夢が見られることを祈ってるわ」


 沙羅との会議を終え、わたしは静かにため息をついた。寄る辺ない私たちにとって、戦いが無くなるその時まで、穏やかで平和なまどろみは願っても手に入らない憧れなのだ。

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