第3話 第一話 囚われの姫②


 「……わかったわ。すぐ連絡する」


 わたしは携帯で『父親』を呼びだすと、必死で窮状を訴えた。


「パパ、助けて。このままじゃわたし、殺されちゃう」


 わたしがそう叫ぶと『父親』は押し殺した声音で「向こうの要求は何だね」と言った。


「ちょっと待って。……パパが要求は何かって聞いてるわ」


 わたしが薄笑いを浮かべている令司に問うと、サディストの御曹司は指を五本、立てた。


「……五億だ。それ以上はまからないぜ」


 馬鹿げてる、そう言おうと口を開きかけたわたしは、太腿を襲った痛みに声を失った。


「……なんなの?」


 目線を下に向けると、複数の黒い生物がわたしの足に食いついているのが見えた。


「さあ、何をためらっている?早くパパにお願いしないと、生きたままどろどろに溶かされちまうぞ」


 仕方ない。わたしは意を決すると携帯に向かって命乞いを始めた。


「パパ、ごめんなさい……五億出さなければわたしを殺すって言ってるの」


 わたしは唇を噛みながら、『父親』の返答を待った。やがて「わかった、出すと向こうに伝えなさい」という重苦しい声がスピーカーから漏れた。


「ははは、いい心がけだ。愛情深い父親でよかったな、お姫様」


 わたしは携帯を切ると、太腿に忌まわしい生き物をぶら下げたまま、立ちあがった。


「おいおい、無理するなよ。もう少し楽しんだら、そいつを回収してやるよ」


「それには及ばないわ」


「なんだと?」


 わたしは携帯を浴室の床に放り投げると、手錠を填めた両手を顔の前にかざした。


「誘拐する時は、相手のことをよく調べてからにするのね、坊や」


 わたしはそう言い放つと、拳を強く握りしめた。次の瞬間、わたしの両手から青白い火花が散り、手錠の上を電流が走った。


「な……なんの真似だ」


 わたしは令司の問いには答えず、手錠に息を吹きかけた。次の瞬間、爆発音が轟いて煙と共に鎖が四散した。


「お前……いったい何者なんだ」


「すぐにわかるわ」


 わたしは濡れて体に貼りついた制服を脱ぎ捨てると、おもむろにブラジャーを外した。


「あ…………」


 呆然と立ち尽くす誘拐犯一味を前に、わたしは右手で左の胸をつかむと、自分の乳房を引きちぎって相手に投げつけた。床に貼りついた肉塊は三つに分裂すると、それぞれが『わたし』の顔を持つ小さな生き物になった。


「わあっ、ばっ……化け物だあっ」


「そう、化け物よ。『人質姫』の噂を知らなかった不幸を悔やむのね」


 三つの『わたし』は、令司の後ろに控えていた三人の子分たちに、一斉に襲い掛かった。


 あるものは蛇のようにうねりながら首筋に噛みつき、あるものは軟体動物のように絡みついて放電し、最後の一体は昆虫のように飛んで毒の針で手下を襲った。


「あ、あ、あ……」


 わたしは髪を束ねていた赤いリボンをほどくと、両手でしゅっとしごいてみせた。


「嫌がる女の子を連れ去るってことがどれほど重い罪か、教えてあげるわ」


 わたしが手にしたリボンに息を吹きかけると、リボンはたちまち燃え上がる炎の鞭となった。


「今度は私が、辱めを与える番よ」


 わたしが燃える鞭を放つと、令司の衣服があっという間に炎に包まれた。


「ぎゃああっ、あっ……熱いいいっ」


 わたしは悲鳴を上げて転げまわる令司から顔を背けると、まだ生きている携帯を拾いあげた。


「――パパ、終わったわ。服が渇いたら帰るから「本物の」お風呂の用意をしておいて」


「五億は?いらないのかい?」


「ええ。もういらないわ。好きに使って」


 わたしは通話を追えると、すでに復元が始まっている乳房が元の形になるのを待って、衣服をつけた。


 ――誘拐の真似をするなら、もう少し人質を丁寧に扱うことね、坊や。


 わたしは足枷を外すと、床に累々と横たわっている少年たちを嘲笑しながら浴室を出た。




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