第2話 第一話 囚われの姫①
意識が戻って真っ先に感じたのは、背中と尻の痛みだった。
わたしは不快さから逃れるように身じろぎをすると、薄目を開けた。
薬を飲まされたとき特有のどろんとしたもやが薄れ、思考が巡り始めるとわたしは自分が置かれた状況をおぼろげながら理解し始めた。
――また、あの時の夢を見てしまった。
もう十年も前の忌まわしい記憶が、薬を飲まされたことで甦ったのだろう。
わたしがいる場所は、廃墟のようにさびれた広い浴室だった。おそらく使われていない、どこかの保養所だろう。奴らが選びそうな場所だとわたしは思った。
――さて、今回はどんな手で追い詰める気なのか。わたしは手錠で縛められた己の手足を眺め、ため息をついた。制服のまま拉致してきたということは、わたしが嬲られる姿を動画に撮るということなのかもしれない。
コンクリートに化粧タイルを貼っただけの浴槽から出ようとして、わたしははっとした。足首を縛めている枷から鎖が伸び、浴槽の底に打ち込まれた金具と繋がれているのが見えたのだ。
悪趣味の極みね、わたしがそう思った時だった。窓の隙間から突然、長いホースが浴槽の中に投げ込まれたかと思うと、こちら側の口から大量の水が吐き出された。
水責めか、そう思いかけたわたしの脳裏に、一つの疑問が沸き上がった。水責めをするには浴槽の深さがまるで足りないのだった。
――これじゃあ、縁まで来ても胸の上でおしまいだ。それ以上入れたら溢れてしまう。
わたしが首を傾げているうちに、水かさはどんどん増していった。やがて冷たい感触がわたしの両足を浸し、腰から下が半身浴のように水に浸かった状態になった。
「冷たい……」
わたしが軽く音を上げると、ドアが開いて若い男性が姿を現した。
「お目ざめかい、お姫様」
男性は浴槽の縁に立つと、嘲るような視線を私に向けた。この男は藪平令司と言う飲食チェーン店の御曹司で、父親のカードを使って夜ごと放蕩を繰り返している穀潰しだった。
「ここから出して」
わたしがか細い声で要求すると、令司は「そうは行かない」と言ってわたしに携帯を手渡した。
「それでパパに電話をするんだ。そして『誘拐されたから助けて』と言え」
「お断りするわ」
わたしは即答した。このお坊ちゃんは振られた腹いせにわたしを拉致し、あろうことか身代金まで手に入れようと目論んでいるらしい。つくづく下衆な坊やだ。
「そういう要求は、ここでは通らない。……おい、やれっ」
令司が命ずると、背後で控えていた目つきの悪い少年たちがバケツを持って浴槽に近づいてきた。何をする気だろう、そう思っていると、少年たちはバケツの中味を浴槽に溜まった水の中へとぶちまけ始めた。
「そいつが何だかわかるか、お嬢さん」
わたしは水中でうねうねと動きまわる黒い物体を見て、思わず小さな悲鳴を上げた。
「なんなの、これ?電気うなぎ?それとも吸血ヒル?」
「そんな可愛らしいもんじゃない。こいつは親父が密かに輸入した外来の円口類さ。いったん、大型の生き物に吸いつくと表面を溶かしながら捕食し始める。時間はかかるが一斉に食らいつけば、水牛程度の大きさの動物なら小一時間程度で骨にしちまうってわけだ」
わたしはぞっとした。どういう育ち方をすればこんなえげつない拷問を思いつくのだろう。こいつの父親も表面上は堅気の経営者だが、裏ではやくざとつるんで街を食い物にしている闇の住人なのだ。
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