3話 久しぶりの家族
「それじゃあ、またね、真昼」
「うん、またね!」
私は用意していた寮の荷物を持が入った鞄を持ち、部屋を出た。
今日が卒業日、すなわち真昼や同期達と離れ離れになる日。寂しい門出ではあるけれど、それすらも笑顔で見送ってくれる真昼はとても優しい。
警察学校の門まで行くと、お世話になった教官が立っていた。まだ自分の教場の生徒が卒業ではないのに、涙が浮かんでいることから私の門出を祝ってくれているのだろう。
「松木」
「教官。今までお世話になりました!」
「いいんだ。夜間警察官になっても初心を忘れず、精一杯頑張れよ」
「はい!」
教官に最後の敬礼し、私は実家へ帰るためバス停へ向かった。
バス停まで向かう道中、涙が零れたけれど嬉し涙なので良しとしよう。
「お、松木じゃねえか」
「坂井。卒業おめでとう」
私も卒業だけど、坂井も卒業なのでそう言うことにした。
「松木も、卒業おめでとうな。松木もバスか?」
「うん。隣の隣町。そこそこ遠いけどバスで行けないこともないから出費を抑えるためにバスで帰るの。坂井も?」
「そう。俺は隣町だからそこまで一緒に乗ろうぜ?」
「うん」
バス停のやってきた来たバスに乗り込み、座席に座った。昼間なので乗車している人は少なく、快適に実家まで帰れそうだ。
「そういえば、制服届いたか?」
制服。あの日採寸して、作ってもらっているけれど寮に届くはずが、まだ届いていない。
それは坂井も同じようだ。
「まだなの。教官から間に合わないって伝言もらったから実家の住所教えてそっちに送ってもらうことにしたの。配属日は実家から行くし、制服ないと困るからね」
「なるほどな」
「坂井は? その様子じゃまだなんでしょ?」
「あぁ。だけど俺は出来次第、連絡もらって直接取りに行くことにした。家に荷物届くとろくなことないからな」
昔のことを思い出したのだろう。眉間に皺が寄っている。
「何か、問題でもあるの?」
「まあな。ややこしくてよ、家が。俺が警察官になることも半ば強引に通してきたからな。夜間警察に配属されたなんて言えねえよ」
笑いながら話すけれど全然笑えない話なんだけど。
坂井は複雑な家庭なんだろう。外部からあまり口出ししない方が良さそうね。
私はそう決め、坂井の家庭のことは聞かないことにした。
「何か問題が起きたら言ってね? 協力できることは協力したいから」
「サンキュ」
話していると坂井が降りるバス停に着いたようだ。
他の乗車していた人も降りたり、バスに乗ってきたりしている。
「じゃ、次は配属日にな」
「うん」
手を振る坂井に手を振り替えし、坂井が降りるとバスが発車した。
住宅街を走っているけれど、景色は綺麗だ。
少しだけ見慣れない景色も入っているけれど、ほとんど変わらない日常がそこには広がっていた。
「あ、お姉ちゃん!」
「ただいま」
実家に着くと玄関には双子の姉弟である
今日帰ることを伝えていたから休日にも関わらず、友達と遊ばず待ってくれていたのだろう。
姉としてはとても嬉しいことだ。
「奈緒、奈緒! お姉ちゃん帰ってきたよ!」
「え?」
いつもはちゃめちゃな元気力を持っている姉、香奈とは違い弟、奈緒は少し病弱であまり元気がない。
ここでも待ちつかれて眠ってしまったのだろう。そんな奈緒を香奈が必死に体を揺さぶり、起こしている。
そんな光景も久しぶりで、微笑ましい。
「お姉ちゃん!」
「わっ」
目を開け私のことを認識すると奈緒はすぐに私に飛び込んできた。奈緒は甘えたなので、よく私に抱きついてきていた。
奈緒がいきなり抱きついてきた反動で鞄は落としたけど別に割れ物とかは入っていないので問題ない。
「奈緒ズルイ! 香奈もー!」
警察学校に入学した頃よりも少し大きくなっている香奈と奈緒をいっぺんに抱えることが難しく、尻餅を着いてしまった。
二人は尻餅を着いた私を見ながらくすくす笑っている。
私がいない間にヤンチャ度が増えたらしい。意地悪そうな笑みを浮かべている。
「まあまあ、騒がしいわよ」
すると母、あげはが騒ぎを聞き、玄関へやってきた。
エプロンをつけ、お玉杓子を持っている母。料理の最中だったんだろう、奥から味噌汁の良い匂いがする。
「まあ夜霧。おかえりなさい」
私の存在に気づいた母さんは、私に笑顔で「おかえり」と言った。
「ただいま、母さん」
一旦抱きついていた香奈と奈緒に離れてもらい、地面に落ちたままの鞄を拾い靴を脱いだ。
「香奈、奈緒。お姉ちゃんはこれから着替えをするからリビングで待ってなさい」
「「は~い!」」
二人は手を繋ぎ、リビングに向かって颯爽と走って行った。
あの二人も変わらないようだ。
「話は矢吹さんという方から聞いたわ。早くなったけれど警察学校卒業おめでとう」
「ありがとう母さん」
矢吹さんから話を聞いているということは知っているのだろう。
だけど報告は報告だ。私は私よりも少し目線の低い母に向かって、言った。
「母さん私ね、夜間警察官になるよ」
「ええ、そうね。普通の警察官ではないけれどお父さんもきっと喜んでくれるわ」
すでに身長を越してしまっているので背伸びをし、私の頭を撫でた母さん。
そんな母の顔色は少し悪く、無理をさせていることがすぐに分かってしまった。
「荷物置いて着替えてくるね。その後、父さんの線香あげるよ」
「分かったわ」
部屋に入ると換気してくれていたのか窓が開いており、涼しい風が入ってきていた。
「涼しいな」
スーツから部屋着に着替え、荷物は後から片付けるためベットの上へ放置した。
1階へ降り、リビングの隣にある和室に入ると父さんの仏壇がある。
「父さん、ただいま」
私は仏壇の前に置いてある座布団に座り、お線香をあげた。
匂う火の匂いと畳の匂いに懐かしさを感じながら、心の中で父に報告する。
―父さん、私普通の警察官じゃなくて夜間警察官になるの。場所は違うけれど父さんみたいな立派な警察官になるために私、精一杯頑張るね
不安な気持ちやこれからの楽しみなどを一人、父へ語る。
聞いているか分からないけれど、きっと聞いてくれているはずだ。
―父さん、母さん最近無理してるよね? 私がいなかったから特に……
顔色の悪い母さんを見れば一目瞭然。だけどそんな母さんに「無理しないで」なんて私から絶対に言えない。
これから私は夜間警察官になってお金を稼ぐために、実家を出て夜間警察官が住んでる独身寮に引っ越す。
香奈や奈緒のことは任せっきりになってしまうし、初任給が出るまでは仕送りをすることもできない。
無責任で、無鉄砲なことを私は母さんに言える立場じゃない。だからこそ、父さんの代わりに家族を守るの。
この家の大黒柱は私。外側から家が倒れないようにきっちり支えられるようにしないと。
「私は一人でも頑張れるから、私じゃなくて母さんや香奈、奈緒のことを見守っててあげてね」
天国から私を見守ってくれているはずの父さんにそう語りかけた。
私はもう大丈夫。だから私のことは心配しないでね。
「夜霧~? ご飯できたわよ!」
「は~い!」
生前とは違い、真面目な顔をして写っている父の遺影へ笑いかけ、私のことを呼ぶ母がいるリビングへ向かった。
ゆらゆらと揺らめく煙と、煙の匂い。
煙草を吸っていた父を、物凄く思い出す。
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