2話 同期
「それでさ、夜間警察の同期って誰なの!?」
涙が枯れたのか、興奮した様子で私に同期の件について聞いていた真昼。
急にテンションの変わった真昼がおかしく私はつい笑ってしまった。
「もう! 早く教えてよ~」
じれったそうに、うずうずしている真昼に私は笑いながら同期になるはずの坂井さんのことを話した。
「えっと……大卒の男性なんだけど名前は坂井深紅さん。第一印象は……人当たりの良さそうな人、かな」
「へ~坂井さんって言うんだ! てか、大卒? え、それって……」
「うん。異例で、坂井さんに合わせて卒業することになっちゃったから、真昼と一緒にいられるのも……」
あと、少しなの。
真昼の顔は寂しそうにしていたけれど、それよりも頑張ろう、と顔に書かれていた。
真昼は凄く分かりやすい。だけどそれが時に寂しくなる。
「そっかぁ。夜霧がいなくなったら寂しくなるけど、夜霧も頑張ってるって思ったら私も頑張れるな!」
「ふふ、そっか」
「その同期の坂井さん。仲良くなれそう?」
「どうかな? 年上だからとか、大卒だからとかって上から物を言いそうなタイプじゃないことを願うばかりだよ」
「不安だよね。大卒の学生ってあんまり関わったことないし、噂も知らないでしょ?」
「うん」
「とりあえず、卒業してから交流していかないとね! 夜間警察では唯一の同期になるの?」
「その辺りも分からないけれど、恐らくそうじゃないかな? 最高管理者の矢吹さんは私と坂井さんの名前しか出してなかったし……」
でもこの警察学校に私と坂井さんだけしかいない可能性もあるから本当にどうなるか分からない。
あの時は気が動転していたから、そこまで考える余裕がなかった。
「そっか。大変だけど頑張らないとね!」
「うん。異性だから、年上だからって嫌いになっていいわけじゃないもの。少しずつ知って、仲を深めていかないと」
きっと大丈夫。どれだけ悪い人だったとしても、話して仲良くなれるはずよ。
警察官になろうとする人に悪い人はいないはずだから。
「うん! それでこそ夜霧!」
「頑張る。坂井さんとも仲良くなってみせる!」
「よっ!」
二人でハイタッチを決め、食事の時間になったので急いで食堂へ向かった。
「松木いるか?」
「教官。どうなさいましたか?」
女子寮に女性教官がやってきた。夜間警察関連のことかな?
今の時期、教官に呼ばれるようなことはないし、怒られるようなことはしていないはずだし……
「医務室まで、夜間警察官としての制服の採寸をするらしい。その後、同期となる坂井と少しの間交流する許可が出ている」
「了解しました!」
私は注意されない程度の小走りで医務室へ行き、ノックをして扉を開けた。
「失礼いたします」
「あら、貴方が松木夜霧さんかしら?」
中には白衣を着ている美しく伸ばされている髪が特徴的な女性がいた。
この人も、夜間警察関連の人かな? 若そうだけど。
「はい。自分が松木夜霧です」
「私は夜間警察、女子制服採寸&手直し担当の
「はい! よろしくお願いします、結城さん」
「小百合さんでいいわよ~さて、それじゃあ時間もあまりないし、採寸始めようかしら」
奥の仕切られたカーテンの中に入り、私はシャツやズボンをさっさと脱いだ。
時間もあまりないと言っていたし、誰かの前で服を脱ぐことを恥ずかしがっているとこれから身が持たない。
慣れる、というのも大変ね。
「まあ、良い体じゃないの。足も長いし羨ましいわ~」
採寸準備が整った私を見て小百合さんはぽろっと言葉を零した。
「小百合さんの方が良い体じゃないですか。髪とかもさらさらですし胸も……その、大きいですし」
警察官になるために私が小さい頃から髪を邪魔に思い、伸ばすことはなかった。
伸ばすとしても肩あたりまで伸ばしてその後、すぐにショートカットにしてしまうことが多く、周りから男だと勘違いされることも多々あった。
いつか、彼氏ができたら伸ばそうかな……なんて思い早十年。
警察官として仕事をするには長い髪は邪魔になると思うからロングまで伸ばす可能性はこれでほとんどなくなるだろう。
まあ、伸ばすことに憧れがあったわけでもないからそう落ち込むこともない。
それにショートの方が何かと都合がいいからね。
「胸は関係ないわ。大きすぎても得することはないわ」
「そういうものなんですね」
胸囲や太もも、足の大きさから手の大きさまで、必要ある? というぐらい細かい所まで採寸され、終わると私はすぐにぴしっと制服を着直した。
「これで終わりね。深紅くんは外で待ってるかしら?」
結城さんがカーテンを開けると手前のソファに誰か座っているようだった。
後姿とこの状況的に、坂井さんだろう。待たせてしまった。
「いるわね。深紅くん! 夜霧ちゃんの採寸終わったわ」
「ああ、はい」
ネクタイを締め、私はソファに座っている坂井さんの前へ立った。
「これから交流だったかしら? 話の内容は聞かれて良いものじゃないだろうし、ここで話したらいいわ」
「ありがとうございます」
「終わったら鍵はそのままにしておいてくれて構わないわ。住屋くんが後で来るだろうし」
「住屋、さん?」
知らない人の名前が出てきた。
もしかして、男子の採寸&手直し担当の人かな?
「あぁ、男子の採寸&手直し担当だってよ。俺が先に終わったから松木さんが終わるまで教官と話してくるってさ」
「そうなんですね」
私の予想通りだった。まあ、状況的に分かりやすいよね。
「じゃ、私はこれで失礼~」
小百合さんが医務室から出て行くと、部屋の中静かになった。
私は座る所がないので、坂井さんの隣に座らせてもらった。
「では改めて、坂井深紅だ」
「松木夜霧です。これからよろしくお願いします、坂井さん」
お互い内側を向いて、挨拶をした。超至近距離だけど、気にすることはない。
「俺ら同期ってことだろうし、敬語はなしでいい。呼び方はどうする?」
「ど、どうしましょう……」
今まで同級生の男子は呼び捨てかくん付けだった。
敬語がなしでいいって言われても先輩であることに変わりはない。迷う……
でも、同期になるんだし遠慮などはしない方がいいかな。折角の申し出だし、素直に受けよう。
「なら無難に呼び捨てでいいか。俺のことは同級生とでも思ってくれてて構わないぜ」
「分かりました……じゃなくて、分かった。それなら、坂井って呼ばせてもらうね」
「おう。俺は松木な」
お互い呼び捨てになる、少し距離が縮まった。
まだ敬語を外して呼び捨てなのはむず痒いけれど、呼んでいればすぐに慣れるだろう。
「うん。あのね、坂井にひとつ聞きたいことがあるの」
「何だ?」
私は後から思った、あの時の疑問を聞くことにした。
聞きたいことは聞いておく方がいいだろうし、交流会だ。気兼ねなく話したい。
「どうしてあの場ですぐに夜間警察に配属されてもいいって了承の返事っていうか……決意できたの?」
坂井だって、大きな事実を突きつけられて戸惑っただろう。
なのに何故? これは年の差や経験の差だけじゃ、埋まらない何かがあるはず。それを見つけたい、聞きたい。
「俺は別に普通の警察官になることに執着してなかったからな。警察官になって誰かを守れればそれでいいって思ってた。だからあの場ですぐに決意できたんだ」
「そうだったのね。動揺しなかったの?」
「勿論したさ、それに驚いた。だけど夜間警察官だろうと普通の警察官だろうと人を守る仕事に変わりはねぇからな」
「そう、よね」
心の奥底にある、“誰かを守りたい”って気持ちが揺ぎ無かったからすぐに決意できたんだ。
坂井は凄いや。
「松木は? どうして普通の警察官にこだわるんだ?」
「……私、父が捜査一課に所属してた刑事で、父に憧れて、父みたいな立派な警察官になりたくてここへ来たの」
志望理由なんて、初めて誰かに話す。
だけど隠しておくほどでもない。同期になるんだし、隠していても意味ない気がするから。
「そうか」
「父さんのように立派な警察官になるって約束したんだ。最後の、約束なの」
病院で沢山にチューブをつけられ、酸素マスクをしたまま私と話す父さんと最後に交わした約束のひとつ。
あの日、あの瞬間、あの場所ではっきりと交わした約束は今でも記憶に焼きついている。
苦しそうに息を吐く父さん、涙を流す母さん、理解できていない双子の姉弟。
そんな状況は今でも鮮明に覚えていた。
「でも、父さんと同じ刑事として立派になるって約束したわけじゃないから私は夜間警察官として、胸を晴れるようにこれから頑張っていくつもりなの」
「なるほどな」
真昼のおかげで決意できた。一人じゃ、こうはならなかったかも。
私は凄く恵まれている。
「重い話かもしれないけど、流してくれて構わないから」
「んなわけにはいかねぇよ。これからは同期だからさ、お互いの物を背負う覚悟じゃねぇと」
「そっか。ありがとう」
坂井は、とても良い同期になるかもしれない。
偶々、けれど確実にそう思った。
「って、そろそろ時間か」
交流時間は十分ほどだと聞いているため、ここに長居はできない。
私はソファから立ち上がり、坂井へ向けて右手を差し出した。
「ありがとう、坂井。再度、これからよろしくお願いします」
「おう。こちらこそ」
握手をし、医務室を出た。
そしてお互いこれからの未来が楽しく、明るい未来であることに確証を持ち、にっこり笑い別々の方向へ歩いていった。
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