第14話:ノブレス・オブリージュ

 俺が思わずギョッとして横を見ると、ロイドが満面の笑みを浮かべながら、でも目はとても真剣な、複雑な表情で話しはじめた。


「俺はよ、国も分からない、名前も分からない、顔も知らない、貴族の息子だって育てられたんだがよ、それでも誇りだけは持っているんだよ。

 大地にしっかりと足をついた人達の中で育ったから、色々分かるんだよ。

 貴族の思惑、特に利権争いに振り回される人達の気持ちがさ。

 メイガも色々と事情があるとは思うけどよ、争いごとはできるだけ小さく、巻き込まれる民に被害を及ばないようにして欲しいな」


 そう言った後で、何とも魅力的な笑顔を浮かべて、飲みかけの杯を持ち上げた。

 俺は、穴があったら入りたいくらい、自分の事が恥ずかしかった。

 貴族としての誇りを持っていると思っていたが、全く全然駄目な貴族だ。

 ゲセルト王太子の事をどうこう言るような人間じゃない。

 無理矢理戦争に駆り出される民の事を全く考えていなかった。

 俺なんかよりロイドの方が、ずっと貴族としての誇りを持っている。


「そうだな、貴族ならば、誇り高い行動をとらねばならない。

 自領の民だけでなく、他領の民の事も考えて行動すべきだ。

 よく言ってくれた、ロイド、お陰で間違いを犯さずにすんだよ」


 俺はそう言って、ロイドが差し出してくれた杯に自分の杯を合わせた。


「じゃあ、誓いの乾杯だ」


 ロイドはそう言うと、グッと俺に近づいてきた。

 思わず顔を赤らめそうになってしまったが、必死で心を落ち着かせる。

 ロイドは杯を持った右手を、同じく杯を持つ俺の右手にクロスさせて、思いっきり顔を近づけてくる。

 心臓が早鐘のように鳴り響いて、周りに聞こえてしまわないかと心配になる。

 ああ、ロイドからは、酒の臭いに混じって、甘い香りがする。


「漢と漢の誓いだ、貴族の誇りにかけて、恥じるような行いはしない」


 そう口にするロイドからは、まるで媚薬のような香りがしてくる。

 酒の臭いなど全く感じられなくなった。

 このままロイドを抱きしめられた、どれほど幸せだろうか。

 だが、今は神聖な誓約の時、そんな事を考えている時ではない。

 もっと真剣に、ロイドの本気に応えなければいけない!


「ああ、漢と漢の誓いだ、貴族の誇りにかけて、恥じるような行いはしない」


 さあ、俺はロイドに誓ったのだ、誇り高い生き方を。

 ゲセルトの糞野郎を苦しめて殺すなんてどうでもいい事だ。

 国のため、いや、大地に足をつけて生きている民のために、できるだけ小さく争いごとを治めるのだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る