月明かりの下の二人 ④

 アキラがどこへ行こうとしているのか、ユキには見当もつかない。

 レストラン街のある階のエレベーターホールで二人きりになったのを見計らって、アキラはユキの手をギュッと握った。


「あのさ……オレ、引っ越そうと思ってんだ」

「引っ越しって……なんでまた急に……」

「今んとこの近くで、もうちょっと広い部屋借りてさ……。そこで……一緒に暮らさねぇか?」


 唐突なアキラの言葉に、ユキは驚いて目をパチパチさせながら、アキラの顔を見上げた。


「一緒に……って、私と?」

「オマエ以外に誰がいんだよ。まぁ ……表札もひとつになるけどな」

「えっ……それって……」


 エレベーターが到着してドアが開いた。

 中には誰も乗っていない。

 アキラはユキの手を引いてさっさとエレベーターに乗り込み、行き先の階数ボタンを押した。

 そして緊張のあまり、心臓が壊れそうなほどバクバクと大きな音を立てていることを感じながらゆっくりと振り返り、真面目くさった表情でユキの方を見た。


「……真山 愛弓になるか?」


 アキラが照れくさそうに小声でそう言うと、ユキは小さく吹き出した。

 エレベーターのドアがゆっくりと閉まる。


「回りくどいよ、アキ」

「……悪かったな。だったら単刀直入に言う。ユキ、オレの嫁になれ」


 動き出したエレベーターの中で、ユキは笑いを堪えながら、プイッとそっぽを向いた。


「なんか、えらそうだからやだ」

「えっ、やだ?!」


 うろたえるアキラの顔を、ユキはイタズラな目で見上げる。


「愛してるから結婚してくださいって言えたら、アキを私の旦那にしてやるよ」

「なんだそれ……なんの負けず嫌いだよ……。オレがユキを嫁にしてやろうと思ってんのに……」


 アキラは大きくため息をついた。

 そんなアキラを見て、ユキはおかしそうに笑う。


「しょうがねぇな。一生私だけを大事にするって約束するなら、アキの嫁になってやる」


 ユキが冗談めかしてそう言うと、アキラは苦笑いを浮かべて、空いていたもう片方の手でユキをそっと抱き寄せた。


「バカ……オレが何年ユキを欲しがってたと思ってんだよ。一生大事にするに決まってんだろ……」


 アキラは照れくさそうに頬をかいて、繋いでいたユキの手の甲にそっと口付けた。


「絶対離さないし、幸せにする。ユキ、愛してるからオレと結婚してください」

「うん……いいよ」


 エレベーターが目的の階に着いた。

 ドアが開く前に、アキラは慌ててユキから手を離す。

 その様子がおかしくて、ユキはまたクスクス笑った。


「そんなに笑うなよ……」

「だって……」


 アキラはエレベーターを降りると、もう一度ユキの手を取って、指を絡めて繋ぎ直した。


「新しい部屋、一緒に探しに行くか」

「うん」

「あっ、でもやっぱ……ユキの気が変わらねぇうちに先に買いに行くか」

「何を?」

「……指輪だよ」




 翌月、二人は新居に引っ越した。

 アキラの職場とユキのサロンのちょうど中間辺りにある築5年のマンションで、南向きの部屋の間取りは2LDK。

 表札には【真山 晃・愛弓】の文字が記されている。

 アキラがプロポーズをした日の2週間後に二人は入籍した。

 長い付き合いなので、お互いの親も諸手を上げて二人の結婚に賛成して、だったら早く籍を入れろと急かされた。

 引っ越し先が決まると慌ただしく入籍を済ませ、仕事の後はせっせと引っ越しの準備をした。

 引っ越しから10日ほど経ち、ようやく落ち着いて新婚生活が送れるようになった。

 夜は同じベッドで抱き合い、寄り添って眠り、朝は愛する人の温もりを感じながら目覚める。

 一緒に朝食を取り、行ってきますと行ってらっしゃいのキスをして、一足先にアキラが仕事に出掛ける。

 それからユキは、洗濯や台所の片付けなどの家事を済ませてサロンへ向かう。

 夕方になり仕事を終えて帰宅したアキラが、洗濯物を取り込んで、風呂の掃除をする。

 ユキの仕事が終わる頃になると、アキラはユキをサロンまで迎えに行く。

 そんな毎日を送っていた。



 その日の夜。

 サロンからの帰り道、手を繋いで二人で歩きながら、アキラは空を見上げた。

 見上げた夜空には真ん丸い月がぽっかりと浮かぶ。


「今夜は満月だな」

「そうだね」


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