月明かりの下の二人 ⑤
月明かりに照らされ道路に落ちた二人の影は、しっかりと繋がれている。
アキラは、いつか満月を見上げてユキへの片想いに胸を痛めたことを思い出し、小さく笑みを浮かべた。
「もう友達じゃねぇし、安心して狼になれるな」
「ん?何それ?」
「男はみんな狼ってことだ。オレはユキにだけは、必死でそれを隠してたけどな」
「ふーん?アキ、狼になりたかったの?」
「当たり前だ。オレだって男だからな。人が必死で我慢してんのに、ユキはオレの前では無防備だっただろ?いっそひと思いに食ってやろうかと何度思ったことか……」
少し大袈裟なアキラの口振りに、ユキは思わず吹き出しそうになる。
「しなかったけどね」
「できるわけねぇじゃん。ユキにだけは嫌われたくなかったんだよ。何よりも大事だからな」
「そっか……ありがと」
最近アキラは、以前より素直にユキに気持ちを伝えるようになった。
少し照れくさいような気もするけれど、アキラに愛されていることがひしひしと伝わってきて嬉しいとユキは思う。
「でももう遠慮はしねぇからな?満月じゃなくても残さず食ってやる」
「そんなのわざわざ言わなくていいよ、バカ……」
ユキが恥ずかしそうに呟くと、アキラはユキを抱き寄せて髪を撫でた。
「オレにはたいした取り柄もねぇし、自慢できるようなもんなんか、なんも持ってねぇけどさ……ユキがいるから、それだけで最高に幸せだって、今は思うわ」
今日のアキラは、なんだかずいぶん改まったことを言う。
ユキはもう少し深くアキラの考えていることを知りたいと思う。
「今は、ってことは、昔は幸せじゃなかったの?」
アキラはほんの少し寂しそうに笑って、遠くを見るような目をした。
「昔な……リュウとトモがヒロさんに見初められてロンドンに行った時、バンド解散したじゃん?マナもここを離れて、カズヤと新しいバンドやったりしてた」
「そうだったね」
「あん時な……オレだけが取り残された気分になったんだ。オレにはアイツらみたいな実力がねぇんだなって、夢もあきらめてさ」
バンドに夢中になっていたアキラが、あんなに好きだったギターを弾かなくなったのは、きっとその頃からだとユキは思う。
「うん……あの時のアキは、ホントに寂しそうだった」
「仲間がどんどんここを離れてったけど、オレは離れられなかった。オレには、ここにいる意味があったからさ」
「ここにいる意味って?」
ユキが尋ねると、アキラは優しい目をしてユキの頭を撫でた。
「なんもなくても……ここにはユキがいたからな。オレはユキとおんなじところで月が見たかった。それだけだ」
それはユキを想い続けたアキラの素直な気持ちだったのだろう。
その言葉は、とても自然にユキの胸にストンと落ちてきた。
ユキは照れ隠しに肘でアキラの腕をつつく。
「アキもそんなロマンチックなこと言えるんだ」
「茶化すなバカ……。そんだけオマエのことが好きだったんだよ。報われなくてもユキと一緒にいたかったんだ、わりぃか?」
ユキは微笑みながら、照れくさそうにそう言ったアキラの手をギュッと握った。
アキラがこんなに素直に想いを伝えてくれるのだから、自分もたまには意地を張らずに素直な気持ちを伝えてみようか。
ユキはそんなことを思いながら口を開く。
「悪いなんて言ってないよ。アキがそばにいるのが私には当たり前だったから……急にアキが離れて行って初めて気付いた。アキがいないと、私はひとりぼっちなんだって」
アキラは嬉しそうに笑って、ユキの頭をポンポンと優しく叩いた。
「そっか。寂しかったか?」
「寂しかったのはお互い様でしょ」
「……だな。もう離れる気も手放す気もねぇけどな」
「当たり前だ。この先何があっても、勝手に私から離れたら許さん!」
「離さねぇよ。一生な」
アキラは幸せそうにユキを抱き寄せ、そっと触れるだけの短いキスをした。
満月の下で交わしたキスは、想いを募らせ胸を痛めた分だけ、甘くて優しい。
これから先もずっと、二人は肩を並べて、同じ場所で月を見上げる。
月明かりの下では誰もが主人公。
目立たない場所にも、ささやかな暮らしを送る人にも、月明かりは平等に降り注ぐ。
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