月明かりの下の二人 ②

 マナブは昨日のユキの不服そうな表情を思い出しながら、アキラにビールのおかわりを差し出した。


「なぁアキ……。男はやっぱ、ここぞって時には思いきらねぇとさ。いつまでもウジウジしてると、ユキちゃんに愛想つかされんぞ」

「えっ……」


 マナブの言葉にアキラはうろたえ、ウロウロと視線をさまよわせている。

 その様子は、まるきり思春期の少年のようだ。


「ずっとそばにいてやるなんて、嫌いなら言えねぇよ。アキだってホントは、ユキちゃんとずっと一緒にいたいだろ?友達としてじゃなくてさ」

「それはまぁ……」

「モタモタしてっと、オレがユキちゃんもらっちまうぞ」


 マナブがわざとけしかけるような言い方をすると、アキラは激しくうろたえながらも、まっすぐマナブの目を見た。


「それはダメだ。いくらマナでも、それだけは許さん」

「だったらここらで覚悟決めろ。男だろ?」

「お……おぅ……」




 その後、仕事を終えたユキがバーを訪れ、いつものように食事をしながら酒を飲んだ。

 マナブには『覚悟を決めろ』と言われたが、今更どんな顔をしてこの気持ちを伝えればいいのか。

 そんなことを考えているうちに、あっという間に時間は過ぎた。

 閉店間際の遅い時間に、マナブに見送られて店を出たアキラとユキは、寒くて暗い夜道を並んで歩いた。

 冬の夜風は冷たく、吐く息は白い。

 アキラは隣を歩いているユキの様子をそっと窺う。

 ユキは冷たくなった手に、はーっと息を吐きかけて、寒そうに両手をこすり合わせた。


「さむ……」

「さみーな」


 アキラは思いきってユキの手を握り、その手をコートのポケットに突っ込んだ。


「こうすりゃ少しはあったけーだろ」

「うん……」


 照れ隠しなのか、手を引いてさっさと歩くアキラの背中を見て、ユキは微笑んだ。


「なぁ……ユキ……」


 アキラはユキに背を向けたまま呼び掛けた。


「ん?」

「……いや、やっぱいい」

「ふーん……」


 少しの間、二人とも黙ったまま歩いた。

 伝えたい言葉は、伝えようと思うほど喉の奥に留まって声にならない。


(好きだ……って、たった一言なのに……。なんで素直に言えねぇんだろ……)


 アキラは口の中で、ユキに伝えたいたった一言を、何度も何度もくりかえす。

 何も言い出せないまま、ユキのマンションのすぐそばまで来た時、ユキがアキラのコートの袖口を引っ張って立ち止まった。


「アキ……」

「ん?なんだ?」

「あの時言ったこと、覚えてる?」

「あの時……?」

「救急車待ってる時になんか言いかけて……生きてたら言うわ、って」


 アキラは曖昧な記憶の糸を手繰り寄せた。

 けれど、思い出すのはユキの涙と膝枕だけだった。


「……そんなこと言ったか?あん時のことな……じつはよく覚えてねぇんだ。ユキが膝枕してくれたことと、泣いてたことだけは覚えてんだけどな」

「……そっか。覚えてないんだ」


 ユキは少しがっかりしたのか、小さく息をついた。


「オレ、何言った?」

「覚えてないならいいよ」


 そっぽを向いて少し拗ねたようなユキの肩を両手で掴んで、アキラはユキの顔を覗き込んだ。


「オレが気になんだろ。教えろ」


 アキラにまっすぐ見つめられて、ユキは少し照れくさそうに目をそらした。


「アキ、このままもう死んでもいいって言ったんだよ」

「ああ……そんなこと言ったっけ……。で、あん時なんでユキは泣いてたんだ?」


 ユキはうつむいて、アキラの胸に額を押し付けた。


「アキが……死んでもいいとか言うからだよ……。死んだらもう会えないじゃん。だから、死んだら一生許さないって言った」

「そっか……オレのために泣いてくれたのか?」

「……うるさい。アキのバカ」


 ユキは握り拳でアキラの胸を叩いた。


「バカって……」

「ホントに死んじゃったらどうしようって、心配したんだからな……。このままもう会えなかったらどうしようって……」


 涙声で言葉を絞り出すようにそう言ったユキの肩が、小さく震えている。

 アキラは両手で包み込むように、ユキの体をそっと抱きしめた。


「心配かけて悪かった。あん時は、ユキが無事ならオレは……ユキに膝枕なんてしてもらったし、もう死んでもいいって思ったけどさ。でもやっぱ……大事なこと言ってなかったから、簡単には死ねなかったわ」

「大事なこと……?」


 ユキがほんの少し顔を上げた。

 ユキの潤んだ瞳に、アキラの鼓動が急激に高鳴る。

 アキラは今こそ素直な気持ちを伝えようと、ユキの耳元にゆっくりと唇を寄せた。


「……ユキが好きだ」


 いつもより少し低くて甘い声でアキラが呟くと、ユキはアキラの胸に顔をうずめた。


「好きなら好きって、最初から素直に言えよ……バーカ……」


 アキラは愛しそうに笑って、優しくユキの髪を撫でる。


「好きだ。ずっとオレのそばにいてくれ」

「……一緒にいるって、この前も言ったじゃん……」

「ああ……。でもユキはオレのこと……どう思ってんだ……?」


 ユキは顔を上げて伸び上がり、ためらいがちに尋ねたアキラの唇にキスをした。

 アキラは驚きのあまり、目を大きく見開いて固まっている。


「この前の仕返し」


 ユキは少し笑って、アキラをギュッと抱きしめた。


「……好きだよ……。いい加減気付け、バカ……」




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