月明かりの下の二人 ①
アキラとユキが和解してから2週間が過ぎた。
二人は以前と同じように、仕事が終わると一緒に食事をしたり、バーでお酒を飲んだりしている。
あまりにも長かったアキラの片想いもようやく報われたのだと、マナブもミナも思っていた。
「えっ?嘘だろ?!」
驚いたマナブが思わず声をあげた。
その拍子にタバコの灰がポロリと落ちる。
「……嘘じゃねぇよ。指一本触れてねぇ」
アキラは恥ずかしそうにそう呟いてタバコに口をつけた。
「なんだそれ……どんだけ純情だよ……。二人は付き合い出して超ラブラブなんだと思ってたぞ……?」
「……悪かったな。付き合ってもねぇよ」
「マジか……!!」
たしかに和解はした。
『そばにいてくれ』とも言ったし、『そばにいてやる』とも言われた。
けれどアキラもユキも、『好きだ』とか『付き合おう』とか、お互いにそれらしいことは一言も言っていない。
二人でいても以前と同じく、愛とか恋とか、それらしいことはまったくない。
「なんでだよ?あん時、二人して手ぇ握り合っていい雰囲気だったじゃん!!」
マナブが心底信じられないと言いたげな顔をしてそう言うと、アキラはまた恥ずかしそうに顔を歪めて頭を掻いた。
あの夜の自分がした言動を改めて思い出すと、ユキの手の柔らかさや温もりと共に、妙な照れくささが蘇った。
我ながら大胆なことをしたものだとアキラは思う。
「あれはなんちゅうか……酔った勢い?」
「じゃあその勢いはどこに行っちまったんだよ?!もしかして、また友達に逆戻りか!!」
「どうだかな……。とりあえず今は、ユキがいりゃそれでいいかなって」
アキラはずっと片想いをしていたユキに触れるどころか、想いを伝えることもためらっているらしい。
マナブはアキラの純情ぶりに呆れてため息をついた。
「アキさぁ……いい加減ガキじゃねぇんだから、好きだってちゃんと言えよ。またカンナの時みたいに曖昧になってもいいのか?」
「良くねぇよ。良くねぇけど……」
「けど……なんだ?この際だから吐け!!洗いざらい吐き尽くせ!!」
マナブに問い詰められ、アキラは少々たじろぎながら、ボソボソと自信なさげに答える。
「ユキの気持ちもわかんねぇし……。好きだって言ってフラれたら、オレ今度こそ立ち直れねぇ」
「はぁ?」
マナブはアキラの言葉に、思わず気の抜けた声をあげた。
「それにホラ……前にユキが、オレとは有り得ねぇって……」
「何が有り得ねぇんだよ?」
「今更オレとやらしいことするなんて考えられねぇって言っただろ。もし押し倒して思いっきり拒絶されたら、それこそもう顔合わせらんねぇよ」
アキラの言葉を聞きながら、マナブは呆れて気が遠くなり、黙って目を閉じた。
「なんか今更なんだけどな……ユキと二人きりになると、ドキドキし過ぎておかしくなりそうだ……。理性保つのに必死なんだよ……」
「いい歳して中学生以下だな……。一生やってろ」
片想いが長すぎたせいか、アキラの思春期はまだまだ継続中のようだ。
けれど、友達だと言い切っていた、以前の関係とは少し違うらしい。
その証拠にアキラはユキを『友達』と言わなくなった。
友達よりも特別な関係になりたいとは思うものの、アキラはユキを再び失うことを恐れるあまり臆病になっている。
いつになく幼く見えるアキラの戸惑いぶりに、マナブは苦笑いを浮かべた。
(ユキちゃんだってアキがハッキリしてくれんの待ってんのに……ホント残念なやつだな……)
昨日の夕方、サロンの定休日で仕事が休みだったユキが、開店前にバーを訪れた。
あれからどうだとマナブが尋ねると、ユキは思い切り眉間にシワを寄せて首をかしげた。
「どうもなにも……普通」
「普通?」
「そう、普通」
ユキの言う普通が一体なんなのか、マナブにはさっぱりわからなかった。
「アキと会ってんだろ?」
「会ってるよ。仕事の後に御飯食べたり、ここでお酒飲んだり。今日も多分、仕事終わったらここに来るんじゃないの?」
「え?約束とかしてねぇの?」
「してねぇの。私が仕事終わる頃にサロンにフラッとやって来る。飯でも食うかって」
マナブはわけがわからず首をかしげた。
「なんだそれは?」
「さぁ……」
ユキもどことなく不服そうだ。
「そういや……なんかアキに言いたいこととか、聞きたいことがあるって言ってたじゃん?あれ、どうなった?」
「どうもなってないよ。私もアキも、なんも言ってないし、聞いてない」
「なんも変わってねぇじゃん」
「そう。なんも変わらないよ」
ユキは眉間にシワを寄せたままビールを飲み干し、タバコに火をつけた。
「男なら、いい加減ハッキリしろっての……」
ため息混じりに煙を吐きながら呟いたユキの本音を、マナブは聞き逃さなかった。
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