傷付けた罪 ①
遠くから次第にサイレンの音が近付いてきて、救急車とパトカーが、バーの前に停車した。
救急隊と警官が店内に駆け込んで来ると、何が起こったのかと店の外に人だかりができはじめた。
店内では、タカヒコが逃げられないように八代が行く手を阻んでいる。
カンナは女性警官に身柄を拘束され、何度もアキラの方を振り返りながら、店の外に待機しているパトカーに向かった。
救急隊の手で担架に乗せられたアキラは、いくつかの問い掛けに対して、つらそうに答える。
マナブは、その光景を前に呆然と立ちすくむユキの肩を叩いた。
「ユキちゃんは救急車に乗って、アキのそばについててやって。警察の事情聴取が終わったら、オレもすぐに行くから」
ユキは小さくうなずき、アキラに付き添って救急車に乗り込んだ。
救急隊が止血をしながらアキラの脈拍や血圧を計り、搬送先を確認してから救急車は動き出した。
ユキは想像していた以上に揺れる救急車の中で、目を閉じて時折つらそうに顔を歪めているアキラを見つめている。
「アキ……痛い……?」
「ん……?まぁな……」
アキラはうっすらと目を開けてユキを見た。
ユキはうつむいてアキラの服の裾を握る。
「なんで助けてくれたの……?私とはもう……友達やめたんでしょ……?」
「ああ……やめたよ……」
アキラはそう呟いて、微かに苦笑いを浮かべながら、また目を閉じた。
(やめたよ……『友達』はな……)
アキラが手術室に運び込まれた後、警察から連絡を受けた家族が病院に到着した。
アキラの家族は心配そうな顔をして、手術が終わるのを病室で待った。
ユキは別室で、警察から事件が起こった時の状況などをいくつか聴取された。
その後ユキは、病院に駆け付けたマナブから意外な事実を知らされた。
「カンナも植村 貴彦の被害者なんだ」
5年前、大手の企業で真面目に勤める地味で目立たないOLだったカンナは、友人に誘われ、たまたま参加したパーティーで知り合った男と付き合い始めた。
「男に対する免疫があまりなかったのかな。カンナはそいつにすっかり夢中になって、周りが見えなくなったらしい」
その男がタカヒコで、本名は
「アキオって名前なんだ」
「カンナはその時も、あの男のことを『アキくん』って呼んでたってさ」
付き合い出して半年ほど経った頃、カンナはアキオから、そろそろ結婚のことを考えていこうと言われた。
アキオは『カンナと少しでも長く一緒にいるために、自宅に雑貨ショップの店舗を構えたい』と言って、例の物件を購入する話を持ちかけた。
カンナはアキオのために、あるだけの貯金をはたき、更に夜も水商売のアルバイトをして、身を粉にして稼いだ金をアキオに渡していた。
しかし結婚すると言ってからずいぶん経っても、具体的に何も進展しないことを不審に思い始めた頃、カンナはアキオに別の女性の存在があることに気付いた。
それからカンナは真実を突き止めようと、アキオとその女性の後をつけたりして身辺を調べた。
「いわゆるストーカーだな」
マナブのその言葉に、ユキはハッとした。
「もしかしてカンナは……私とアキにも……?」
「おそらくな。例のストーカーとは別に誰かいるかもって、あれ、きっとカンナだろ。アキがユキちゃんと浮気してると思い込んでたらしいし、アキもいろいろ調べられてたみたいだしな」
「そうなんだ……。それでカンナは……その後どうしたの?」
アキオと浮気相手の女が会っている時、こっそりと二人の後をつけたカンナは、仲良さげにアキオに寄り添っている女の姿に逆上して、彼女を刃物で刺した。
「彼女は幸い一命は取り止めたんだけどな。アキオの方は姿をくらましてさ。カンナはアキオに裏切られた上に、金を持ち逃げされた」
あまりに思い詰めて精神的に病んでいたカンナは、その後精神科に通って治療を受け、罪を償ったそうだ。
事件から月日が流れ、カンナの精神状態も落ち着き、両親と共に移り住んだ新しい土地で就職して、平穏な生活が戻った。
「そこでカンナは同僚と一緒にうちの店に飲みに来て、偶然アキと出会ったわけだな」
「マナはどうやってカンナの過去の事件を知ったの?」
「常連客の友達が、一時期ちょっとヤバイ女に付きまとわれてたって。その話があんまりカンナに似てたんでさ。付き合うとも言ってないのに、気が付いたらやたらと一緒にいるんだって。ちょっと優しくされて、カンナは勘違いしちゃったみたいなんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます