傷付けた罪 ②
そういえばアキラも、どうやってカンナと付き合い始めたのか覚えていないと言っていた。
気が付けばなんとなくそばにいて、だんだんそれが当たり前のようになって、付き合うとも言っていないのに、いつの間にかカンナを彼女だと認識していたとも。
「その男が運良く難を逃れたのは、カンナがアキと知り合ったからだ」
「どういうこと?」
「アキ、あれでけっこう優しいだろ?この間思い出したんだけど、二人が初めて会ったとき、カンナが飲みすぎて少し具合悪くなったのを、たまたま近くにいたアキが介抱してやったんだよ。まぁ、アキにはよくあることだ」
顔を合わせるたびに、アキにいつも憎まれ口ばかり叩かれていたユキにとっては、なんだか意外な話だ。
「そうなんだ……。アキも女の子にそんなことするんだね」
「女の子にって言うか、誰に対してもそうなんだよ。だからかな、ユキちゃんが知らないだけで、アキはけっこうモテるよ。優しいし、見た目も面倒見もいいから」
「ふーん……」
(アキが私にそんな優しくしてくれたことなんてあったっけ?)
アキラが自分以外の女の子だけでなく、誰に対しても優しいのだと聞いて、ユキはなんとなくモヤッとする。
ユキは他の誰よりもアキラに優しくされていることに気付いていない。
少しふてくされたようなユキのへの字口を見て、マナブは笑いを堪えた。
「カンナはユキちゃんにアキを取られたくなくて必死だったんだな。ユキちゃんに嘘までついて……」
「嘘?」
「来年結婚するっての?アキは結婚どころか、カンナに好きだって言ったこともないってさ」
「そうなんだ……」
ユキの口がほんの少しゆるんだ。
きっとユキ自身はそれに気付いていない。
それがおかしくて、マナブはまた笑いを堪えている。
「でも……アキはユキちゃんを忘れて、カンナを大事にしようと思ってたらしい。その方が幸せなんじゃないかって」
「ふーん……」
「だんだんカンナが異常なくらい嫉妬深くなって、束縛も激しくなって、アキはつらかったみたいだけどな。そこまで思い詰めさせたのは自分のせいだからって、我慢してたんだってさ」
そこにきて、今回の事件が起こった。
同僚と飲みに行くと言っていたはずのアキラがマナブのバーにいて、そこに偶然ユキがいた。
それだけでもカンナにとっては許せなかったのに、かつてカンナを騙して捨てたアキオがユキと一緒にいたことが、更にカンナの嫉妬心に拍車をかけた。
「それでカンナは、ユキちゃんが自分の大事な人ばかり奪うって思ったんだろ。こんな偶然ってあるんだな」
「それであの時そんなこと言ったんだ……」
命を狙われるほどカンナに恨まれている理由がユキにはわからなかったけれど、これでようやく謎が解けた。
「私はカンナから何も奪う気なんてなかったのに……。知らないうちに恨みを買ってるなんて、なんか怖いし、悲しいね」
ユキは少し悲しそうな顔をしてため息をついた。
マナブは笑って、ユキの頭を優しく撫でた。
「アキは自分がどうなっても、ユキちゃんを守りたかったんだな。だからユキちゃんを守るために、カンナを抱きしめて止めたんだ」
「うん……。マナ……アキは、大丈夫だよね……?」
「大丈夫だろ。アキはユキちゃんを残して一人で死んだりしねぇと思うぞ?あいつも執念深い男だからな」
「だよね。言ってやりたい文句もまだいろいろあるし、聞かなきゃいけないこともあるしさ」
明るくそう言ったユキの目が、マナブには少し潤んで見えた。
「アキに言いたいことって?」
「ん?それは内緒」
新しい年が明けた。
無事に手術が成功して順調に回復中のアキラは、退屈な入院生活を送っている。
アキラはベッドに横たわり、ぼんやりと窓の外を眺めた。
(ヒマだ……。ゲームもマンガも飽きた……)
家族や友人たちが見舞いに訪れる中、ユキだけはまだ一度も顔を見せていない。
(ユキどうしてんだろ……。全然見舞いに来ないけど……)
カンナに刺されてから救急車が到着するまでの間、ユキに膝枕をしてもらったことはなんとなく覚えている。
しかし交わした会話まではよく覚えていない。
(何話したんだっけなぁ……。ユキ、泣いてたような……。オレ、なんかひどいこと言ったか?だから来てくんねぇのかも……)
あの時アキラは、朦朧として途絶えそうになる意識の中で、ユキのためなら死んでもいいと思った。
ユキの目から涙がこぼれ落ちた瞬間を、やけに鮮明に覚えている。
けれど、ユキが泣いていた理由がどうしてもわからない。
(やっぱ思い出せねぇ……。ユキを泣かすようなこと言ったかな……)
アキラが悶々としながらため息をつくと、病室のドアをノックする音がした。
(もしかしてユキ……?)
ほんの少し期待してドアの方を見ると、ドアを開けて入って来たのは、ユキではなくマナブだった。
(だよなぁ……。今頃ユキは仕事中だろうし……)
あからさまにがっかりしているアキラの様子を見たマナブは、可笑しさを堪えきれない様子でニヤッと笑った。
「残念だったな、ユキちゃんじゃなくて。せっかく来てやったのに、そんながっかりすんなよ」
「バーカ……そんなんじゃねぇよ」
アキラはばつが悪そうな顔をしてそっぽを向いた。
「で、調子はどうだ?」
「見ての通りだよ。ヒマでヒマでしょうがねぇ」
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