危険な再会 ④

 マナブは二人の様子を気にしながら、カウンター席に座っている客の注文したビールをサーバーからグラスに注いで手渡した。


「なんかもめてるみてぇだな……」


 ユキとタカヒコの間で何が起こっているのか、アキラは気が気でない。

 今にも飛び出しそうな勢いで身構えている。

 テーブル席の客に呼ばれたマナブは、注文を取るためにカウンターから出て、アキラの肩を叩いた。


「アキ……気持ちはわかるけど、少し落ち着け。もう少し様子を見よう」


 何かあったらすぐにユキの元に駆け付けようと、ユキとタカヒコの動向に意識を集中させていた3人は、静かに店のドアが開いて新しい客が入って来たことには気付かなかった。

 その客は、入り口辺りで店内をぐるりと見渡して、カウンター席に座っているアキラの方をじっと見た。

 そして、他の客がまるで視界に入っていないかのように一点を見据え、ゆらりゆらりと周りの客にぶつかりながら店の奥へと進む。

 その異様な雰囲気に周りの客がざわつきだした時。

 注文された酒を客に出し終えたマナブが、激しく動揺した様子で声をあげた。


「おっ、おいアキ!!あれ!!」

「最悪なタイミングだな……」


 絶望的な声で呟いた八代の視線を追って、アキラが振り返る。


「……えっ?カンナ?!」


 出入り口に背を向けて座っているユキは、カンナの姿に気付いていない。

 立ち上がってユキと向かい合っていたタカヒコが、ユキの背後に近付いてくるカンナの姿に気付いた。

 カンナは無表情で大きく目を見開き、ただならぬ殺気を漂わせている。


(カンナ、オレがいるってわかっててここに来たんだろ?なのになんで、オレじゃなくユキの方に……?!)


 アキラはイヤな胸騒ぎを覚えて立ち上がり、人の間をすり抜けるようにしてカンナの元へと急ぐ。

 タカヒコは怯えた顔をして後ずさった。

 タカヒコの妙な様子に気付き、後ろに何かあるのかと振り返ったユキは、普段とはまったく違う顔をしたカンナの姿に驚いた。


「何……?どうかしたの……?」


 ユキが尋ねると、カンナは立ち止まりうつむいて、低い声でブツブツ呟く。


「どうして……私の大事な人ばかり……」

「……えっ?」

「どうしてあなたは、私から大事な人を奪うの……?!」


 カンナは涙を流しながら鬼のような形相で叫ぶと、右手でバッグの中から何かを取り出した。

 その手には鋭い刃先を光らせたナイフが握られている。

 ユキは驚きのあまり絶句して立ちすくんだ。

 店内に悲鳴が上がる。

 周りが止める間もなく、カンナは握りしめたナイフの刃先をユキに向けて突き進んだ。


「カンナ!!やめろ!!」


 アキラが必死で叫んで手を伸ばした。

 その次の瞬間。

 カンナはナイフを握りしめたまま、アキラの腕に抱きしめられていた。

 赤い滴が床を染める。

 それを見たユキは頭の中が真っ白になり、身動きひとつ取れない。

 カンナはアキラの腕の中で呆然としている。


「アキ……くん……?」

「カンナ……やめてくれ……。こいつは……ユキは、何も……悪くねぇ……」


 アキラは刺されても尚、ユキを守るために痛みを堪え、ありったけの力を振り絞ってカンナを抱きしめている。


「アキくん……なんで……?」

「カンナ……ごめんな……。オレには……何してもいいから……ユキの……ことだけは……傷付けないで……くれ……」


 アキラは傷口から血を流しながら、途切れ途切れに話す。

 マナブがアキラの手をカンナからほどき、ユキを手招きして、その手にアキラを委ねた。

 カンナは周りの男性客に両腕をしっかり捕らえられながら、アキラの返り血で染まった自分の手を見て、狂ったように泣き叫んだ。

 ユキは他の男性客の手を借りて、ゆっくりと床に横たわらせたアキラの頭を、自分の膝の上に乗せた。


「ユキ……大丈夫か……?」

「私は大丈夫だよ……。大丈夫じゃないのはアキじゃん……」


 アキラは泣き出しそうなユキの顔に必死で目を凝らして、弱々しく笑った。


「そっか……ならいいや……」

「良くない……。全然良くないよ……」


 ユキの膝は柔らかくて温かい。

 こんなことでもなかったら、ユキに膝枕なんてしてもらえなかっただろうなと、アキラは小さく苦笑いを浮かべた。


(ユキを守って……膝枕してもらって死ねるなら……それもいいか……)


「オレ……このまま……もう、死んでもいい……」


 アキラのその言葉を耳にした瞬間、ユキの目から堪えていた涙がポトリと落ちて、アキラの頬を濡らした。


「バカ……!死んだら一生許さないから……!!」


 アキラはユキの顔に手を伸ばそうとしたけれど、傷の痛みで力が入らない手は、弱々しく空を切る。


「泣くなよ……ユキ……」


 ユキはその手を掴んで、自分の頬に押し当てた。


「だって、アキが……」


 アキラは自分の手を掴んで泣いているユキの温もりを感じて、どこか幸せそうに、微かな笑みを浮かべた。


「ユキ、オレ……」

「ん……、何?」

「……いや……もし……生きてたら、言うわ……」





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