愛したい、愛されたい ⑤

 エリコの詐欺未遂事件と酷似したその内容に、エリコもホノカも唖然とした。


「まさか……同一人物……?」

「ユキ……彼の家とかお店に行ったことある?」


 ユキはタカヒコと付き合ってきたこれまでのことを振り返る。


(だいたいの場所は聞いてるけど、会うのはいつも、私の家の近くだし……。あれ……?そういえばタカヒコさんの家には、一度も行ったことなくない……?)


「お店はあるけど、家には行ったことない」

「彼とはどこで会ってるの?ユキの家からちょっと離れた場所に住んでるって言われなかった?」

「うん。だいたいの場所は聞いてる。遠いからって、会う時はいつも彼が来てくれる。月に一度か、多くてもせいぜい二度だけど」

「その人、痩せ型でまあまあイケメンで背が高くて、優しいでしょ?たまにしか会わないのに、あんまりエッチはしない。違う?」


 タカヒコについてそこまで詳しく話したことなど一度もないのに、エリコは知るはずのないタカヒコのことを見事に言い当てた。

 ここまで一致していたら、もうクロとしか言いようがない。

 ユキはまた肩を落としてため息をついた。


「……違わない」

「ビンゴだ。名前は多分偽名だよ。私の時もそうだったみたいだし」


タカヒコと知り合った頃は、結婚を焦っていたわけでも、新店舗を出したいと思っていたわけでもないのに、まさか自分が狙われるなんて。

 警戒心だけは人一倍強いと思っていただけに、ユキはショックを隠せない。


「うん……そっか……。私、騙されてたのか……」

「ユキは彼のこと本気で好きだったの?」


 激しく落胆しているユキに、ホノカは少し気の毒そうに尋ねた。

 ユキは少し首をかしげて考える。


(好きだった……?いや、もちろん嫌いじゃなかったけど……そんなに好きでもなかったような……?じゃあなんで結婚しようと思ったんだろう?)


「多分そんなに好きでもなかったと思う。けど……優しいから、大事にしてくれそうだと勝手に思ってた。まぁ……店舗付きの一軒家の話が出てから、ちょっとおかしいなとは思ってたんだけどね……」


 エリコはうなずいて、ユキの肩をポンポンと叩いた。


「完全に騙される前に気付けて良かったよ。あれだね。ユキは独身で彼氏もいなくてサロン経営してるから、お金持ってると思われたんじゃない?」

「そうかな……」

「もしかしたら、ユキが何か悩んでるのに気付いて、そこに付け込まれちゃったのかもね」


 何気なく言ったホノカの一言が、ユキの心にやけに引っ掛かる。

 そういえば、タカヒコから結婚話を切り出されたのはいつだっただろう?


(いつだったっけ……?ストーカーに悩まされ始めた頃……?)


 タカヒコにはストーカーのことは一言も話していなかったはずなのに、自分がストーカーに悩んで不安だったことを感じ取って行動を起こしたのかと思うと、ユキはなんとなく腹立たしい。

 しかも具体的な話を強めに推してくるようになったのは、アキラに友達をやめると言われて会わなくなってからだ。


(私……アキがいなくなって、そんなに弱ってた……?いやいやいや……そんなことないでしょ……)


「そんなに弱くないんだけどな……私……」


 弱々しく呟くユキを見て、エリコとホノカは顔を見合わせ、笑ってユキの背中を叩いた。


「昔とった杵柄ってやつで、ガツンと言ってやりなよ、元ヤン」

「そうそう、現役並みにガン飛ばして威嚇してさ。腹に鉄拳食らわしてやりな!」


 ユキはジトッとした目で二人をにらみつけた。


「同類のアンタらにだけは言われたくねぇわ……」





 ずいぶん夜も更けた頃、マナブの兄の古い友人の八代ヤシロが、久しぶりにバーに顔を出した。

 10年ほど前にマナブがバーで働き出すより前からの常連客で、マナブの兄とは学生時代からの付き合いだ。

 八代は司法書士として7年間勤めた法律相談所を退職した後、仲間と一緒に小さな探偵事務所を立ち上げ、今はその探偵事務所の所長をしている。

 マナブは夕べ、久しぶりにバーに来た常連客の会話が気になっていて、もしかして八代なら何か知っているかも知れないと思い、その常連客から聞いた話をした。


「ああ……それか。前にもあったらしいな」

「前にもあったって……何が?」

「逆上して、傷害事件起こしたらしい」


 八代から詳しく聞いた話は、マナブの想像を越えていた。

 マナブはまたその悲劇がくり返されるのではないかと懸念する。


(厄介なことにならなきゃいいけど……)




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