何も言わない優しさ ①

 1週間が過ぎた。

 あれからアキラは、仕事が終わってから寝るまでの時間のほとんどを、カンナと一緒に過ごしている。

 毎日仕事を終えて自宅に戻ると、スーパーの買い物袋を提げたカンナが部屋の前で待っている。

 あの翌日に髪型や服装などを元に戻したカンナは、毎日嬉しそうに笑いながらアキラのために料理を作る。

 アキラはカンナの手料理を食べながら、笑みを浮かべてカンナの話を聞いている。

 最終のバスに間に合うようにカンナをバス停まで送り、バスに乗るのを見届けた後、アキラは自宅までの夜道を一人で歩きながら、固まってしまった顔の筋肉を揉みほぐす。

 一緒にいる時間が長くなるほど、アキラは顔面に作り笑顔の仮面が貼り付いたような錯覚に陥って、カンナと別れた後は、鏡で自分の顔を見ると吐き気がする。

 恋人と一緒にいるのは、こんなに息が詰まるものだろうか。

 カンナはアキラをユキのところへ行かせないために、アキラに一人の時間を与えないようにしているのかも知れない。

 いつも手元に置いて見ていないと不安なのだろう。

 アキラにはその気持ちがなんとなくわかるので、カンナが毎日会いに来ることを拒まない。

 毎日カンナと過ごすのが当たり前になれば、こんなに息苦しくなることも、違和感を覚えることもなくなるのだろう。

 それにカンナと一緒にいれば、ユキのことを考えないようにしようと苦しむ時間も減るはずだ。


 あの夜カンナを自宅まで送ってから、ユキのことは忘れようと写真やアルバムを処分しようとしたけれど、仲間たちとの思い出も捨ててしまうことになると思うと、どうしてもそれができなかった。

 だけどそんなものはきっと、ユキとの思い出を捨てずに残しておくための口実だとアキラは気付いている。

 捨てることはできないけれど、せめてもう目につかない場所に閉じ込めてしまおうと、翌日カンナが帰った後に、職場からもらってきた段ボール箱に詰め込んだ。

 そして何重にもガムテープを貼って封をしたそれを、押し入れの一番奥に押し込んだ。

 こんな子供じみたことをしたところで、ユキとの思い出が心から消えるわけじゃない。

 それはイヤと言うほどわかっているけれど、ユキの存在が目に見えてしまうものは、カンナの目にもアキラ自身の目にも触れないようにした方がいい。

 アキラは卒業アルバムも写真も、自分の手では何ひとつ捨てられなかったのに、カンナには全部捨てたと嘘をついた。

 ユキへの想いも、思い出の写真も何もかも、いつか本当に処分できる日は来るだろうか?




 その頃マナブは、カウンター越しにユキと向かい合っていた。

 エリコが被害にあいかけた結婚詐欺の話がタカヒコとの結婚話に酷似していて、おそらく同一人物だとユキが話すと、マナブはハッとした顔で、ああ!と声をあげた。


「そうだ、きっとそれだよ」

「それ?」

「そのエリコさんって人の幼馴染み、オレの兄貴の友達の八代さんだ。八代さんがその男に話つけに行った時、オレと兄貴、八代さんに頼まれてすぐそばで見てたから」

「そうなの……?すごい偶然……」

「八代さんからは、もしもの時は助けてくれって言われただけで、あまり詳しく教えてくれなかったからな。道理で、ユキちゃんの話聞いてもピンと来なかったはずだよ」


 エリコという絶好のカモを逃してしまった後、おそらくタカヒコは、しばらく別の場所で他の獲物を探していたのだろう。

 マナブはエリコの一件から、ユキがこの店にタカヒコを連れてくるまで、この界隈でその姿を目にしたことはなかった。


「顔見たのは一度きりだし、もう8年も前のことだから忘れかけてたんだ。そうか、あの時のあいつか……」


 マナブは気になっていたことをやっと思い出せてスッキリしたのか、清々しい顔をしている。


「まさか私が結婚詐欺に狙われるなんてね……。かなりショック」


 ユキは肩を落としながらビールを飲んだ。


「それで?そいつとはどうなってる?」

「ああ……お金催促されたんだけど、もう少ししたらまとまったお金が入るからそれまで待ってって言った」

「で、どうする?警察につき出すか?」


 マナブがレーズンチョコを小皿に盛りながら尋ねると、ユキは顔をしかめた。



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