愛したい、愛されたい ②
どんなに頑張ったところで、カンナも、他の誰だってユキの代わりにはなれない。
だからもうこれ以上、自分勝手にカンナをユキの身代わりにして傷付けるわけにはいかない。
「バカ言うなよ……。カンナはカンナだろ?」
「アキくんは私を捨ててあの人のところに行くつもりなんでしょ?そんなの絶対イヤ!!耐えられない……!あの人にアキくんを取られるくらいなら、いっそ死んだ方がまし……」
アキラはカンナの放った言葉と思い詰めた眼差しに、全身に鳥肌が立つほどの恐怖を感じた。
「バカ!死ぬとか簡単に言うな!!」
「だったらあの人じゃなくて、ちゃんと私を見てよ!アキくんのことが好きな私を!!私だけを見て好きだって言って!!」
狂ったように泣き叫ぶカンナをなんとかなだめようと、アキラはカンナの背中をさすった。
「カンナ、落ち着け」
「捨てないで……。アキくんがいないと……生きていけない……」
「カンナ……」
「アキくんが好き……別れたくない……」
カンナはアキラの腕にしがみついて泣きじゃくっている。
アキラはカンナの涙がポトリポトリとこぼれ落ちて床を濡らすのをじっと眺めながら、昨日トモキからかかってきた電話を思い出していた。
昨日のお昼を少し回った頃。
配達が一段落ついたので、そろそろ昼食にしようかとアキラが思っていると、制服のポケットの中でスマホの着信音が鳴った。
着信表示には『トモ』の文字。
この間一緒に飲んだ時、トモキにはユキとのことで散々いじり倒されたのに、まだ何か言い足りないのか。
(トモのやつ、ホント変わったよな……。昔はどっちかってぇといじられる方だったのに……)
アキラは小さくため息をついて電話に出た。
「なんだよトモ、今仕事中だぞ」
『あー、わりぃな。今ちょっとだけいいか?あれからずっと電話しようと思ってたんだけど、なんだかんだで忙しくて、ずっと電話しそびれてさ』
トモキは一応『わりぃな』と言ってはいるが、おおよそ悪いなんて思っていなさそうな軽い口調だった。
アキラは配送車を降りて、近くにあった自販機でコーヒーを買おうと、ポケットから財布を取り出した。
「仕事中だっての。まぁいいわ、ちょうど飯にしようと思ってたし。で、なんだ?」
耳にあてたスマホを肩で押さえながら、財布から出した小銭を自販機に入れ、ランプのついたボタンを押して缶コーヒーを買った。
『あれからユキとは仲直りしたのか?』
「いや……」
取り出し口から缶コーヒーを取り出し、タブを開けようと指をかけたと同時に、電話の向こうでトモキが小さく息をつくのが聞こえた。
『ユキ、彼氏と結婚するってよ』
「え……?」
アキラはトモキの言葉にうろたえ、缶コーヒーをその場に落としてしまった。
呆然として、地面を転がる缶コーヒーを眺める。
(マジかよ……?リュウがハルと結婚するって知って、やけになって言っただけじゃなかったのか……?)
『アユちゃんの話では、ユキはまだ迷ってるみたいだって。アキ、ユキの結婚を止めるなら今しかねぇぞ』
トモキの言葉で我に返ったアキラはゆっくりと身を屈め、手を伸ばして缶コーヒーを拾い上げた。
「なんでオレがあいつの結婚を止めんだよ……」
『自分で言ったんじゃん。アキはユキと一緒にいたいんじゃねぇのか?』
アキラは手の中の缶コーヒーを握りしめた。
友達でもなんでもいいから、ユキと一緒にいたい。
あの時たしかにアキラは、トモキとマナブの前でそう言った。
けれどそれは自分が勝手にそう思っているだけで、ユキが誰かと幸せになろうとするのを止める権利なんて、自分にはないとアキラは思う。
「ユキが結婚するって決めたんなら……もういいんだ。オレはあいつが幸せになれんなら、それでいい。邪魔なんかしたくねぇよ」
『でもユキは迷ってるって……』
「それでも結婚するかどうかは、ユキが考えて決めることだろ?オレがとやかく言えることじゃねぇ」
アキラは缶のタブを開けて、勢いよくコーヒーを喉に流し込んだ。
『アキはホントにそれでいいのか?後悔しねぇか?』
「しつけーな、トモは……。そういや、飯の前にまだもう一件配達あんの忘れてた。そろそろ切るわ。じゃあな」
アキラは一方的に電話を切ってスマホをポケットにしまい、コーヒーの缶をギュッと握りしめた。
そして残りのコーヒーを一気に飲み干し、空き缶を苛立たしげにゴミ箱に投げ込んだ。
配送車の運転席に座り、ハンドルを抱えた腕の上に額を乗せて突っ伏し、ため息をつく。
「しょうがねぇじゃん……。オレが一方的に好きなだけで……ユキはオレのことなんて、なんとも思ってねぇんだから……」
無意識にこぼれ落ちた言葉が情けなくて、アキラは自嘲気味に笑った。
「いい歳して、マジでだっせぇ……オレ……」
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