愛したい、愛されたい ①
夕方になり、窓の外が薄暗くなり始めた。
アキラがコーヒーを飲みながらぼんやりと考え事をしていると、スマホがメールの受信を知らせた。
スマホを手に取り確認すると、メールはマナブからだった。
【今夜、店に来い。話がある】
(マナにしちゃずいぶん簡潔だな……)
わざわざ呼び出してまでするほどの話があるらしい。
一体なんの話だろうと思いながら、【わかった、後で行く】と返信した。
まだ時間も早いし、もう少ししたら行ってみようとアキラが思っていると、チャイムの音が部屋に鳴り響いた。
(誰だ?なんかのセールスか?)
ドアスコープを覗くと、そこにはいつもとはまったく違う格好をしたカンナが立っていた。
ストレートの黒髪は細かめのウェーブのかかった明るい茶髪になっていて、普段は大人しめの落ち着いた服装をしているのに、今日はやけに派手で露出の多い格好をしている。
いつもは控えめな化粧も、今日は目元を強調した濃い色合いのしっかりメイクだ。
(なんだ……?別人……?って言うか、これって……)
どう見てもこれは、ユキを意識しているとしか思えない。
アキラの胸がイヤな音をたててざわついた。
(それに今日休みだって言ってないのに……オレが部屋にいるの、なんで知ってんだ……?)
普段の仕事の日なら、この時間にはまだ帰っていないことはカンナも知っているはずだ。
わざわざこんな時間に来てチャイムを鳴らすと言うことは、最初からアキラが部屋にいるのを知っているとしか考えられない。
アキラは居留守を使おうかとも思ったが、カンナはまたチャイムを鳴らす。
ドアを開けるまでチャイムを鳴らし続けるつもりなのかも知れない。
イヤな胸騒ぎを覚えながら仕方なくドアを開けると、カンナは玄関に入ってにっこりと微笑んだ。
「アキくん、今日はお休みだったんでしょ。ゆっくり休めた?」
カンナは平然とした顔で尋ねた。
やはりアキラが休みで家にいたことをカンナは知っていたようだ。
(だから……なんで知ってるんだ……?)
得体の知れない恐怖がジワジワと込み上げて、アキラは言葉を発することができない。
「それより、ねぇアキくん、見て。似合う?」
カンナは笑いながら、その場でクルリと一回転した。
「今日ね、美容室に行って来たんだ。新しい服と化粧品も買ってね。アキくん、派手なのは好きじゃないとか言ってたけど、ホントはこういうのが好きなんでしょ?」
別に、派手な格好が好きなわけじゃない。
どんな格好をしていてもユキだから好きなのであって、カンナがユキと同じような格好をしても似合わないし、カンナはカンナでしかない。
「……全然似合わねぇし、好きでもねぇよ」
アキラが目をそらすと、カンナは渇いた笑みを浮かべた。
「嘘ばっかり。あの人の写真大事に持って眺めてるくせに。だからあの人と同じ髪型にして、髪の色も化粧も同じようにして、服装もあの人が着てたのと同じようなの探して買ったの。アキくんに、私のこと好きになって欲しいから。ねっ、そっくりでしょ?」
アキラに好かれるためにユキになろうとするなんて狂気じみている。
アキラの背筋に冷たい汗が流れた。
「似てねぇし……どんな格好したって、カンナはカンナだろ……」
アキラが絞り出すようにそう言うと、カンナはアキラの両腕をグッと掴んだ。
「じゃあ……どうしたらアキくんは私のこと好きになってくれるの?いつになったらカンナが好きだって言ってくれるの?どうすれば……あの人のこと忘れてくれるの?」
これ以上はもうごまかしきれない。
カンナに対しても、自分に対しても。
アキラはカンナと目を合わせないようにうつむいて、自分の腕からカンナの腕をほどいた。
「……ごめん。カンナと一緒にいるの、もう無理だ」
「……え?」
「別れてくれ」
大きく見開いたカンナの目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「どうして……?私はこんなに好きなのに……どうしてそんなこと言うの?私、アキくんのためならなんだってできるんだよ?もっともっと頑張ってアキくん好みの女になるから……別れるなんて言わないで……」
カンナは泣きながらアキラにしがみついた。
その強い力にアキラは驚く。
「カンナを大事にしようとも、好きになろうともしたけど……やっぱどうしても無理だった。これ以上一緒にいても、カンナをもっと傷付けるだけだと思う」
「イヤ……別れたくない……。アキくんがいてくれるなら私は……あの人の代わりでもいいの……。だから好きだって言って……。一緒にいてよ……」
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