愛したい、愛されたい ③
目の前ではカンナが涙で顔をグシャグシャにして泣きじゃくっている。
好きな人に自分を好きになって欲しい。
アキラにはカンナのその気持ちが痛いほどわかる。
ただ愛する人に愛されたくて一生懸命なだけなのに、カンナのその想いは強過ぎて、間違った方向に向かっているのだとアキラは思う。
カンナをこんなふうにしてしまったのは自分なのかも知れないと思うと、アキラは罪の意識でカンナを見捨てられない。
(どっちにしてもユキがオレのものになることはねぇんだし……カンナはこんなにもオレのこと想ってくれてる……。だったらもう……)
ユキのことは、きれいさっぱり忘れてしまおう。
胸を痛めながらも、ずっと大切にしてきた友達としてのユキとの関係を終わらせてしまったのは、ほかでもない自分自身だ。
長い間胸に閉じ込めてきた叶わない恋心なんて無駄なものは、潔く捨てた方がいい。
こんなに自分のことを想ってくれる人なんて、この先現れないかも知れない。
だったら、カンナの気持ちにきちんと応えるべきではないか。
少し時間はかかるかも知れないが、今度こそユキの身代わりなんかではなく、カンナ本人ときちんと向き合い、好きになろうとアキラは決心した。
「カンナ……わかったから……もう泣くな」
アキラはカンナの涙をシャツの袖で拭った。
「アキくん……」
「だからな……この格好はやめろよ。カンナらしくねぇし、いつも通りのカンナの方がずっといい」
「そうすれば……アキくんは私のこと嫌いにならない?ずっと一緒にいてくれる?」
切り裂かれるような胸の痛みをかき消してしまおうと、アキラはカンナを抱き寄せた。
「……ああ……一緒にいる」
ユキをあきらめるためとは言え、カンナを選んだことは紛れもない事実だ。
これでもう、後戻りはできない。
(さよなら、ユキ……)
その日の夜。
マナブはいつものように、バーのカウンターの中で接客に追われていた。
後で来ると約束していたはずのアキラが、いつまで待っても店に来ないことが気にかかる。
ユキも予定が変わったらしく、今日は行けそうにないと連絡してきた。
ユキはともかく、アキラはどうしたのだろう?
その頃ユキは、SNSのコミュニティーで知り合ったオーナー仲間のエリコ、ホノカと一緒にダイニングバーでお酒を飲んでいた。
手作りアクセサリーショップオーナーのエリコは38歳。
セレクトショップオーナーのホノカは33歳。
二人とも独身で、結婚にはあまり興味がないらしい。
3人は初めて会った時からなんとなく意気投合して、それ以来3人の仕事の都合がつく日には、一緒に食事をしたりお酒を飲んだりしている。
お酒を飲みながら店のことを話していると、なんとなく結婚の話題になった。
「8年くらい前までは結婚したいと思ってたけど、今はもう思わないなぁ……」
エリコが白ワインを飲みながら呟くと、ホノカは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「私も。もう男は懲りたし、一人の方が気楽でいい」
ホノカはいわゆるダメンズというやつを高確率で引き当ててしまうらしく、付き合い始めた頃は普通に働いていた彼氏が、どんどんホノカに依存してヒモ状態になってしまうらしい。
「ホノカはなんとなくわかるけど、エリコさんは?なんで結婚したくなくなったの?」
ユキがなんとなく尋ねると、エリコは苦々しい顔をしてタバコに火をつけた。
「周りがどんどん結婚してく頃ってあるじゃない?自分だけが取り残されちゃう気がして焦る時期」
「あー、うん……わかる……」
まさしく今の自分だ。
ユキは少しばつの悪そうな顔で白ワインを飲んだ。
「私は30歳の頃がそれ。めちゃくちゃ焦って、とにかく結婚したくて必死だったんだけど……。そういうのって、自分が言わなくても周りにはわかるみたいなんだよね」
「へぇ……」
もしかしたら自分もそうなのかもと思うと、ユキはなんとなく恥ずかしい気がした。
「結婚したいオーラ全開だと、変な男が寄ってくるんだわ」
「変な男って……ヒモみたいな?」
ホノカが尋ねると、エリコはタバコの煙を吐き出して、首を横に振った。
「ヒモじゃなくて、サギよ。結婚詐欺」
「結婚詐欺……?」
ドラマや小説なんかではよくある話だけど、実際にそんなことがあるんだと、ユキは不思議な気持ちでその話を聞いていた。
「エリコさん、詐欺被害にあったの?」
「いや、私はなんとか逃れたよ。もう少しで完全に騙されるとこだったんだけどね。こいつは絶対に怪しいぞって、幼馴染みが止めてくれたから。彼のおかげで、ギリギリのところでやっと、やっぱりおかしいって自分でも気付いた」
「何がおかしかったの?」
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