誘惑、疑惑、困惑 ③

 ユキはストーカーに悩まされていたことをマナブに話した。

 アキラと会わなくなってしばらく経った頃に、ストーカーが捕まったと警察から連絡があったこと。

 警察からは通報者の希望で名前を聞けなかったけれど、ストーカーを取り押さえて通報してくれた人がアキラだったと、偶然にも大家さんから教えてもらったこと。

 お礼を言おうと電話をしても、アキラは電話に出なかったこと。

 しかし、ストーカーの件はまだ完全には終わっていないこと。


「なんかさ……もう私からの電話には出たくもなかったのかなとか、もしかしたら彼女と一緒だったから出なかったのかなとか……いろいろ考えたら、それっきりもう電話もできなくなっちゃって。アキに迷惑かけるかもって思ったら、今更相談もできないし……」

「そっか……。アキのやつ、何やってんだかな……」


 マナブは呆れたようにそう呟いて、タバコの火を灰皿の上でもみ消した。


「私はアキに、一緒にいてもなんの意味もねぇから友達やめるって言われたしさ……。もう前みたいには戻れないんだなって」

「アキがいないと寂しい?」

「どうかな……。でももう子供じゃないんだし、バラバラになるのも仕方ないよね」


 ユキが寂しそうにため息をつくと、マナブはユキの頭をそっと撫でた。


「ユキちゃんも素直じゃねぇな……。たまには本音吐き出さないと、壊れちまうぞ?」

「壊れないよ。私、そんなに弱くないもん」


 じわりと視界がぼやけて、ユキは慌てて指先で目元を拭った。

 弱っている時の人の優しさは、やけに目に染みる。

 マナブは穏やかに笑いながら、またユキの頭を優しく撫でた。


「じゃあ……オレがユキちゃんもらっちゃおうかな。オレ、めっちゃ優しいよ?いくらでも甘やかしてやる」


 マナブが冗談めかして口説き文句を言うのがおかしくて、ユキは顔をあげて少し笑った。


「またまた……。マナは顔が良くて口がうまいからな。でもたまには甘えてみるか。またパンケーキセットおごってくれる?」

「それでユキちゃんが元気になるなら、いくらでもおごるよ。だけどさ……無理してあいつと結婚するくらいなら、マジでオレんとこおいでよ。悪いようにはしないから」

「ホントに嫁の貰い手がなかったらお願いしようかな。その頃にはバアサンになってるかも知れないけど」


 ユキが冗談めかして笑いながらそう言うと、マナブは苦笑いをした。


「どうせならバアサンになる前にしてね。いっぱいかわいがってやるから」

「なんかエロい……。マナ、相当の女タラシだな……」

「それはどうかな」


 マナブは笑いながら伝票を手に立ち上がった。


「ユキちゃん、今夜時間あるなら飲みにおいでよ」

「あー、うん。久しぶりに行こうかな。これから少し時間潰して、夕方に友達と会う約束してるから、遅くなると思うけど」

「待ってるよ」



 カフェの前でマナブと別れ、一人のんびりと買い物をしていたユキは、眉間にシワを寄せて立ち止まった。


(ん……?なんか今……)


 ゆっくりと振り返ってみたけれど、特に変わったことは何もない。


(おかしいな……。気のせいかな?)


 なんとなく視線を感じたような気がした。

 けれど、特に問題はないようだ。


(まさかね……。ちょっと過敏になってるのかな?)




 その頃アキラは、部屋の中で一人ぼんやりとタバコを吸っていた。


(あの写真、結局見つからなかったな……。なんでどこにもないんだ?)


 今日は仕事が休みだったのに、カンナにはそのことを伝えなかった。

 アキラが休みだと知ると、カンナはいつもより急いでアキラに会いに来る。

 ここ最近は毎日のようにカンナと一緒にいるので、マナブのバーにもしばらく顔を出していない。


(夕方になったら行ってみるかな……)


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