誘惑、疑惑、困惑 ②

(マナの耳は地獄耳なのか?)


 ユキは少し気まずそうな顔をして、温かいコーヒーを一口飲んだ。


「それ、ホントに納得してる?」

「え?」

「あの時のユキちゃん、オレには全然幸せそうには見えなかった。それでも結婚しようと思った理由があるの?」


 本当は結婚を躊躇している気持ちが、そんなにわかりやすく顔に出ていたのかと、ユキは少し驚いた。


「私ももういい歳だし……みんなどんどん結婚してくし……。そろそろこの辺で覚悟決めないと、一生一人なんじゃないかなって」

「そんなことはねぇだろう。それに、ユキちゃんが思ってるほど結婚は甘くないよ」

「経験者が言うと説得力あるわ」


 ユキは少し笑ってカップに口をつけた。


「それに……店舗付きの家か?そんな物件買う話、してただろ?」

「……よくご存じで」


 マナブは眉間にシワを寄せてタバコに火をつけ、静かに煙を吐き出した。


「あれな、ちょっとおかしくないか?」

「おかしい?」


 ユキが首をかしげると、マナブはコーヒーを一口飲んで、おもむろに大きく首をかしげた。


「やたらと金を急かしてただろ?それも結構な大金じゃん。おかしいとは思わねぇか?」

「うーん……。なんでそんなにあの物件にこだわるのかなとか……全財産はたいて、その後はどうするつもりなんだろうとか、それは思ってる」

「だろ?それにな……これはオレの直感なんだけど……なんかあいつ、胡散臭いんだよ」

「胡散臭い?」


 一体タカヒコの何が胡散臭いのか。

 ユキには見当もつかない。


「んー……うまく言えねぇんだけどな。なんかあいつ、見覚えあんだよ。どこで見たのか、どんなやつなのかは思い出せねぇんだけど……。ユキちゃんがあいつとうちの店に来たのは、この間が初めてだったよな?」

「うん、そうだね」

「なんだっけなぁ……。今、めっちゃ頑張って思い出そうとしてるとこ。知り合いにも当たってみる。だからさ、あいつに金渡すのはちょっと待って。悪いようにはしねぇから」

「うん……マナがそこまで言うなら……」


 ユキは、いつになく真剣な面持ちで話すマナブの気迫に押され、とりあえず言う通りにしておくことにした。

 よほどこのことが気掛かりだったのか、話し終えたマナブはホッとした顔をしている。


「そんで……アキとは仲直りした?」


 マナブはいつものようにニコニコ笑って尋ねた。


「マナまでそんな事言うんだ……。そもそも、私はアキとケンカなんかしてないよ。友達やめるって、一方的に言われたんだから」


 少しふてくされたような顔で答えるユキを、マナブはおかしそうに笑って見ている。


「そっか……。アキも素直じゃねぇからな。めっちゃ後悔してんのに、ごめんって言えねぇんだ」

「そんなことないと思うよ。用があって電話しても出なかったし……。それにアキは今、幸せの絶頂にいるみたいだから」


 ユキがそう言うと、マナブは怪訝な顔をして少し首をかしげた。


「なんでアキが幸せ?」

「来年結婚するらしい。この間、彼女がサロンに来てそう言ってた」

「は?嘘だろ?オレ、そんなの聞いてねぇ!!」


 よほど驚いたのか、マナブは大きく目を見開いている。


「私もビックリしたけどね。アキが幸せなら、それでいいんじゃない?」

「いやいやいや……。それはねぇと思うぞ?だってアキは……」


 マナブは何かを言いかけて、口をつぐんだ。


「アキは……何?」

「いや……。とりあえずこのことは、アキ本人に確かめてみねぇとな」

「ふーん……?」


 とにかく話をそらそうと、マナブは別の話題を探した。


「あ、そうだ……。そんで、アキに用ってなんだったの?」

「あーうん……。お礼をね……言わなきゃと思って……」

「お礼?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る