誘惑、疑惑、困惑 ①

 翌日。

 サロンの定休日だったその日、ユキは銀行に足を運んでいた。

 通帳記入をして残高を見ると、眉間に大きなシワを寄せてため息をついた。


(いくらなんでも、いきなり500万は……。今後のこと考えたら、全財産をはたくわけにもいかないし……これじゃ半分も出せないよ……)


 タカヒコからは、せめて半分くらいは出して欲しいと言われたけれど、そんな大金が簡単に出せるわけもない。

 店舗はともかく、結婚資金をどうするつもりなのだろう?

 物件の月々のローンを抱えることになるのに、手付金や頭金の段階で全財産を使った上に借金までしてしまったら、その後の生活費や、今営業している店の経営資金、新店舗オープンまでにかかる内装や設備、商品の仕入れなどの資金はどうすればいいのか。


(店のためとは言え、結婚していきなり借金まみれ……?やっぱりなんか、おかしくないか?普通に考えても、結婚ってこんなんじゃないような……?)


 ユキはなんとなくモヤモヤしながら、数日分の生活費をおろして銀行を出た。


「おっ、ユキちゃん!」


 銀行を出て少し歩いたところで、偶然マナブと出会った。


「マナ……!こんなとこで会うなんて珍しいね」

「そう?オレしょっちゅう来てるよ。店の金の預金とか両替とか。ユキちゃんは休み?」

「うん、週に1度の定休日」

「じゃあ、時間あったらお茶なんかどう?ケーキでもおごるよ!」

「ホント?じゃあ、ゴチになろうかな!」


 銀行で用を済ませてから向かうから、そこのカフェで待っててとマナブに言われ、ユキはマナブより一足先にカフェに向かった。

 少しの間メニューを見ながら待っていると、ほどなくしてマナブがやって来た。


「お待たせー。なんでもおごるから、好きなもん頼みな」

「太っ腹ー!マナ、どうしたの?最近やけに気前良くない?この間はフルーツサービスしてくれたし」

「ん?ああ、あれね。ライバルがどんな男か気になって、ちょっと偵察に」

「ライバル?偵察とか、ワケわかんないんだけど」

「ははは、わかんないか。で、何頼む?」


 マナブはホットコーヒー、ユキはパンケーキとコーヒーのセットを注文した。

 二人とも運ばれてきたホットコーヒーを一口飲んで、タバコに火をつけた。


「最近の店はどこ行っても禁煙とか多いだろ?ここは終日全席喫煙OKだから貴重なんだ」

「へぇ、珍しい。たしかに禁煙の店が増えたね。タバコと酒で高額納税してるのに、ホント肩身せまい」

「言えてるな」


 タバコを吸いながらコーヒーを飲んで、他愛ない話をした。

 しばらくすると、ユキの注文したパンケーキが運ばれてきた。

 パンケーキはホカホカと湯気をあげ、甘い香りを漂わせている。


「マナ、少し食べる?」

「いや、オレはいいよ。遠慮なく食べな」

「いただきます!」


 ホイップマーガリンを塗って、メイプルシロップをたっぷりかけたパンケーキを美味しそうに食べるユキを、マナブはニコニコ笑って眺めている。


「うまそうに食うなぁ……」

「美味しいよ。やっぱ食べる?」

「いや、いい。甘いものはあんまり」

「ふーん……」


 ユキがパンケーキを食べ終わると、マナブはコーヒーのおかわりを2つ注文した。

 マナブは冷めたコーヒーを飲み干して、くそ真面目な顔でユキの顔を見た。


「で、こっからが本題なんだけど」

「本題?」


(本題もなにも……前フリとかあったっけ?)


 ユキが冷めたコーヒーを飲み干すと同時に、コーヒーのおかわりが運ばれてきた。


「この間、うちの店で彼氏と話してたじゃん。ユキちゃん、結婚すんの?」

「あー……うん……。聞いてたんだ」


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