誘惑、疑惑、困惑 ④

 アキラは灰皿の上でタバコの火を消して、いっぱいになった吸い殻を捨てようと、灰皿を持ってキッチンに向かった。

 ついこの間までは、この部屋で料理なんかしなかったのに、最近はカンナが来るたびに料理をするので、燃えるゴミ用のゴミ箱は生ゴミでいっぱいになっている。


(そうか。この間は仕事が休みだったから、寝過ごして捨てそびれたんだ。明日は出さないとな……)


 アキラはゴミ箱のペダルを踏んで蓋を開け、吸い殻を捨てようとして手を止めた。


(あ……あれ……?なんだこれ……?)


 ゴミ箱の中に、細かくちぎられた紙片を数枚見つけた。

 灰皿を調理台の上に置いて、紙片をひとつ拾い上げマジマジと見つめた。


(もしかして……)


 他の紙片をもうひとつ拾い上げてみた。

 間違いない。

 行方不明になっていた、ユキとのツーショット写真だ。


(なんだ……?なんでこんなことになってんだ……?)


 アキラは写真を枕の下に隠した後の自分の行動を振り返る。

 あれからしばらくの間はカンナの横でぼんやりしていたが、カンナがアルバムを見終わるまで時間がかかりそうなのでシャワーを浴びた。

 その20分ほどの間、アキラは写真からもカンナからも目を離していた。


(もしかしたらあの時……オレが枕の下に写真を隠したことに、カンナは気付いてたのか……?それでオレが目を離した隙に写真を見て、こんなに細かくなるまで破いて捨てた……?)


 キッチンの片隅で何かを呟きながら、恋人と他の女が仲良さげに写っている写真を、細かく破り捨てているカンナの姿が頭に浮かぶ。


『二人とも死刑になればいいのに』


 不意に、そんな呟きが聞こえた気がした

 アキラは背筋に冷たいものが走るのを感じて身震いした。


(嫉妬……?執念……?なんかめちゃくちゃヤバイ気がする……)


 とりあえず吸い殻を捨てて部屋に戻り、タバコに火をつけた時、数日前にカンナと一緒にテレビを見ていた時のことを思い出した。

 その時、テレビには情報番組の芸能ニュースが流れていて、既婚者同士の人気俳優と美人モデルの不倫を報じていた。

 アキラにとっては、たいして興味のないどうでもいい話だったが、カンナは食い入るようにテレビを見ていた。

 この俳優のファンなのかもと思っていたら、カンナはその情報が終わる前に突然テレビを消した。


「不倫だって」

「あー、そうらしいな」

「私、浮気とか不倫とか、絶対に許せない。二人とも、法的に重い罰を受けるべきだと思う」

「法的に……?」

「二人とも死刑になればいいのに」


 カンナは無表情で、低く静かに呟いた。

 アキラはその時のカンナの言葉と無機的な表情を思い出しゾッとする。

 背中にはイヤな汗が流れた。


(マジでヤバイ……。殺されるかも……)


 もし自分が本当に好きなのはユキだとカンナに知られたら、殺されかねないとアキラは不安になる。

 ユキと写った写真をアキラに黙って破り捨てたと言うことは、浮気を疑われているのかも知れない。

 カンナの思い込みの強そうな性格を考えると、ユキに危害が及ばないとも限らない。

 それだけはなんとしても避けなければ。

 なんとか穏便にカンナと別れられないものか。

 単純に別れようと言っても、それをすんなりと聞き入れてくれるだろうか。


(ずっとハッキリしなかった上に、散々気を持たせといて、カンナを好きになれなかったのはオレだしな……。わかってくれるまで謝るしかないか……。とにかく、ユキを危険な目に遭わせるようなことだけは避けないと……)



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