後悔なんかしたくない ③

 トモキはウイスキーを飲みながら少し考える。


「ユキはなんで高校辞めたんだ?ヤンキーでも頭は良かったんだろ?」

「さぁ……?聞いたことねぇ。1年の途中で急に辞めたんだよな。ただ単純に、学校つまんねぇのかなって思ってた」

「へぇ、アキにもユキについて知らないことがあるんだな」


 自分が思うより、アキラはいつもユキと一緒にいて、ユキのことならなんでも知っていると人から思われていたらしい。

 そう思うと、アキラは急に照れくさくなる。


「当たり前だ。あいつが自分の口から言わねぇことは、なんも知らねぇよ」

「それでも好きなんだ」


 あまりにストレートなトモキの一言に、アキラは照れくささを隠すように勢いよくビールを煽った。


「……もう好きじゃねぇ」

「ふーん?そっか、アキは長い初恋に終止符を打ったわけだな」


 トモキは薄ら笑いを浮かべながら、アキラのビールのおかわりをマナブに頼んだ。


「終止符?」

「ピリオドのこと。英語の文章の終わりに打つ点だよ。中学で習っただろ?」

「覚えてねぇ。サボってばっかだったし」


 中学時代、しょっちゅう授業をサボっては、たまり場で仲間たちと他愛ない話をして笑っていた。

 あの頃は将来のことなど何も考えず、今が楽しければそれで良かった。


「長い間続けてきたことを終わらせることをな、終止符を打つとか、ピリオドを打つって言うんだ。アキはユキへの気持ちとか、今までの関係とか、完全に終わらせたんだろ?」

「……終わったな」

じゃなくて、のかって聞いたんだよ」


『終わった』と『終わらせた』はどう違うのか?

 アキラにはトモキの言いたいことが、いまいちよくわからない。


「……?トモの言うことは、いちいち難しいんだよ」

「まぁいいや。後悔だけはしたくねぇだろ?」

「そうだな。……って、既にいろいろ後悔してんだけどな」


 アキラはマナブから受け取ったビールを飲みながら、いくつもの『もしも』を思い浮かべる。


「『後悔』って、『になってやむ』って書くじゃん?こうすることが一番だって今は思っても、後になってから『ああすれば良かったな』とか、『あんなことするんじゃなかった』とか思うこと言うわけよ」

「ああ……」

「だからさ。なんもしないで悔やむよりは、今どうしたいのか、アキが思うように動いてみたらどうだ?なんか変わるかも知んねぇぞ?」


 今更そんなことをしたところで、一体何が変わると言うのだろう?

 改めてユキにフラれたら踏ん切りがつくとでも言いたいのか。

 アキラにはやはり、トモキの言う言葉の本当の意味がよくわからない。


「なんだ、その有り難いお言葉は……。トモ、学校の先生になれば良かったのにな」

「向いてるかな?もう一回勉強して、大学入試受けてみようか。それで今度は教員免許なんかも取ったりして、ちゃんと卒業してさ」


 教壇に立って授業をするトモキの姿が、アキラには容易に想像できた。

 大学を中退していなければ、トモキにはそんな人生もあったのかも知れない。


「いいんじゃね?」

「あー……でもやっぱダメだ。今の学校はどこ行っても禁煙らしいから。教師も学校にいる間はタバコ吸えねぇんだってさ」

「そんだけの理由かよ」

「いや、オレは今の仕事に不満はないし。でも本気でやりたくなったらやってみるわ」


 自分にはあきらめた夢はあっても、やりたいことなどない。

 トモキはきっと、人より多くのものに恵まれているのだとアキラは思う。


「選択肢が多くていいな、トモは。オレにはやりたいことなんかなんもねぇ。結婚とかしたら人生変わんのかな?」

「結婚はそんなに甘くねぇぞ」


 カウンターの中で黙って二人の話を聞いていたマナブが、突然口を開いた。


「なんだマナ?急にどうした?」


 いつになく真面目な顔でそう言ったマナブの顔を、アキラは不思議そうに見た。


「お互いが同じ方向を向いてねぇと、途中で行く先を見失ってバラバラになるだけだ」

「バツイチのマナが言うと重みがあるな……」


 もしかしたらマナブが離婚した理由はそこにあったのだろうか?

 よく考えたら、マナブが離婚した理由は詳しく聞いていない。

 人には言えないような理由だったのか、それとも言いたくなかったのか。

 アキラはなんだか急に、マナブが離婚した理由が気になり始めた。


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