後悔なんかしたくない ④

「なぁマナ……。こんなこと聞くのもなんだけどさ……なんで離婚したんだ?」

「すっげぇつまんねぇ理由だよ。オレが昔の恋人に似てたから結婚したんだってさ」


 マナブはタバコに火をつけ、カウンター越しに話を続ける。


「嫁はその男のことがめちゃくちゃ好きだったらしいけど、相手の都合で泣く泣く別れて、ずっと引きずってたんだよな。で、そいつとよく似たオレと偶然知り合って、付き合って結婚して、オレとの間に出来た子も産んだけど、オレはその男とは違うから、オレのことは本気で愛せなかったんだってさ。結局、オレはただの身代わりだったんだ。そんで、だんだんうまく行かなくなって別れた」


 アキラは、この間二人で飲んだ時のマナブの言葉を思い出した。


『彼女をユキちゃんの身代わりにだけはすんな。アキが彼女自身をちゃんと愛せなきゃ、今度は彼女を悲しませることになるんだからな』


(そうか……。あれはマナ自身の経験から出た言葉だったんだな……)


 ユキを想いながら別の誰かと付き合っても、うまく行くことは一度もなかった。

 付き合っていても相手のことを本気で好きにはなれず、いつも心のどこかで彼女とユキを比べていた。

 だから、彼女から『もう別れよう』と言われても痛くもなんともなかったし、去っていく彼女を追うこともしなかった。

 追うどころか、実のない関係が終わることに、いつもホッとしていたようにさえ思う。


 どんなに愛してもらっても、自分が同じように相手を愛せなければ、なにひとつうまくはいかない。

 ユキとの決別を決めてから、以前より頻繁にカンナと会うようになった。

 ユキのことは忘れてカンナのことを大事にしようと決めたはずなのに、最近はカンナと一緒にいるのが苦痛になっている。

 カンナと会うたび、何も考えたくなくて、何も話したくなくて、それをごまかすようにカンナの体だけを求める。

 この腕の中にいるのが、カンナじゃなくてユキならいいのにと思いながらカンナを抱いた。

 そうすればするほど虚しさだけが募って、それを打ち消すために、またユキの幻を重ねてカンナの体を貪った。

 自分が最低なことをしているのはわかっているのに、長年想い続けてきたユキを心から追い出すことはできずにいる。

 現実から無理やり目を背けてきたけれど、本当は気付いているのだ。

 カンナを見ようとしても、その向こうにいつもユキを追い求めていることに。

 完全にユキのことが吹っ切れない限り、このまま一緒にいても、どんどんカンナを傷付けてしまうだけだろう。


「なんか……いろいろわかった気がするわ」


 しばらく考え込んでいたアキラが、ビールを飲み干して静かに呟いた。


「何がわかったんだ?ユキの代わりなんてどこにもいないってことか?」


 茶化すように放ったトモキの言葉に、アキラはため息をついた。


「いちいち腹立つな……。けど、その通りだ。簡単にあきらめられるくらいなら、往生際悪く20年以上も友達ヅラしてそばにいねぇだろ……」

「だったらアキはどうしたい?謝るなら早いうちの方がいいと思うぞ」

「謝んねぇよ。もう友達のふりなんてできねぇからな。けどやっぱオレは……友達でもなんでもいいから……ユキと一緒にいたい」


 酔いも手伝ってか、いつもよりやけに素直に本心を打ち明けたアキラの言葉に、トモキとマナブは顔を見合わせてニヤリと笑った。


「なんだよ、 もう答は出てんじゃん。それなら尚更、素直になるんだな」


 トモキが笑って肩を叩くと、アキラは心底困ったと言いたげな顔をしてため息をつく。


「難しいことばっか言うなよ……」

「アキはいつまで経っても、思春期の少年みたいだな」


 マナブがそう言うと、トモキは「たしかに」と言って笑った。


「バカにしてんのか?いい歳になったのに、全然成長してねぇって」

「成長してねぇとは言ってねぇぞ?純粋に人を想えるアキが羨ましいって言ったんじゃん。な、トモ?」

「そうだなぁ。アキの初恋はまだ継続中だから、いつまでも思春期の少年みたいなんだよな」

「オマエら……恥ずかしいことばっか言うなよ……。それだとオレが、永遠の中坊みたいじゃん……」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る