片想いの二人 ④
「他の男ならまだしも……まさかユキがリュウのこと好きなんて思ったこともなくてさ。リュウよりオレのが一緒にいたじゃん?さすがにヘコんだわ。結局ユキもオレと一緒ってことだ」
「一緒?」
「ガキなりに必死だったんだよ。好きだから好きって言えなかった」
アキラのその言葉に、マナブは怪訝な顔をして、軽く首をかしげながらアキラを見た。
『好きなら好きだと言えばいいのに』と思うのは、当然のことだとアキラは思う。
だけど自分もユキもそれができなかったのは、それなりの理由がある。
まずはそこから説明しないと、マナブは納得しないだろう。
アキラは静かにタバコの煙を吐き出して、短くなったタバコを灰皿の上で揉み消した。
「オレもユキも、付き合ってた相手と別れたら、友達にも戻れないって思ってたしさ。友達なら恋人みたいに別れたりしねぇじゃん?それを考えたらさ、好きな相手とずっと笑って一緒にいるには、友達でいるしかなかったんだ。バカみたいだろ?」
アキラの作り笑いが痛々しくて、マナブタバコに火をつけるふりをして目をそらした。
「結局つらい思いするなら、もっと早く好きだって言ってふられてさ、潔くあきらめれば良かったのかもな……。そうすればこんなに長い間片想いしなくて済んだんだ。……オレも、ユキも」
「いくらなんでも長すぎんだろ……。せめて自分の気持ちくらい伝えたらどうだ?」
マナブがそう言うと、アキラはいつもとは違う白々しい声をあげて笑った。
「言ったよ、ずっと好きだったって。でももう友達ヅラしてんの限界だからやめるって言って、終わらせた」
「アキ……ホントにそれでいいのか?」
「いいも何も、どうせユキはオレのことなんか男とも思ってねぇからな。あんま腹立つから、無理やりキスしてやった。ずっとしたいと思ってたはずなのに、あんなことしてもただ虚しいだけだったわ」
アキラは渇いた声で自分を嘲笑う。
マナブはいたたまれない思いで、アキラの肩を叩いた。
「ホントにバカだな……。誰よりも好きだから、リュウよりオレを好きになってくれって、なんでちゃんと言わねぇんだよ……」
「言うかよ……。いくらバカでも、オレにだってプライドくらいあるっての。そんなカッコわりぃこと、口が裂けても言わねぇよ」
アキラは胸につかえた何かを飲み込むように、勢い良く水割りを煽った。
「でももういいんだ、おかげで吹っ切れた。オレにはカンナがいるしな。カンナはユキと違ってオレのこと好きだって言ってくれるし、オレの好みに合わせようとしたり、オレの好きな料理作ってくれたりしてさ……健気だろ?」
本当は全然吹っ切れてなんかいないくせに、アキラは無理して笑っている。
それを察したマナブは、ため息混じりにタバコの煙を吐いた。
誰だって、本気で好きになった人を簡単に忘れられるわけなどない。
どんなに愛されたって、自分がその相手を愛せなければ、その関係はあまりにも脆く、遅かれ早かれ、いつかは音をたてて崩れてしまうことをマナブは知っている。
だけど今のアキラには、何を言っても無駄なようだ。
「アキがホントにそれでいいって思ってんなら、もう何も言わねぇよ。でもな……彼女をユキちゃんの身代わりにだけはすんな。アキが彼女自身をちゃんと愛せなきゃ、今度は彼女を悲しませることになるんだからな」
「……わかってるよ」
自分がリュウトの代わりにはなれなかったように、カンナもユキの代わりにはなれない。
アキラはまだ耳の奥に残る、泣きながらリュウトを呼ぶユキの声をかき消してしまおうと、グラスの水割りを飲み干した。
「でもな ……オレだってやっぱ、幸せになりてぇんだよ……。他の誰よりも、オレの事だけ想ってくれる相手とさ。だからもう、ユキのことは忘れるって決めたんだ」
マナブは呆れたようにため息をついた。
「わかってねぇな……アキ……」
「何がだよ」
「今のアキには何言ってもわかんねぇよ」
「なんだそれ……。バカにすんなよ」
マナブは知っている。
必死で忘れようとしているうちは決して忘れられないことも、忘れたいと思うほどその想いがどんどん大きくなっていくことも。
一生添い遂げようと誓った女性が去っていった日の悲しみ。
二人で笑い合った日の幸せ。
彼女がそばにいない寂しさ。
どんなに無理して笑っても、忘れられない彼女への想いは、今もマナブの心を強くしめつけている。
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