片想いの二人 ③

「なぁ、アキ。夕べあれからなんかあったか?」

「別に……なんもねぇよ」

「嘘つくなよ。アキの考えてることなんか、すぐわかるぞ」


 アキラは水割りを一口飲んで、眉間にシワを寄せながらタバコに火をつけた。


「オレの考えてることなんかすぐわかるって……オレにもわかんねぇのにか?」

「全部はわかんねぇけどな。でも、アキがユキちゃんのこと好きだってのは、ずっと前から知ってる」

「……好きじゃねぇよ」


 ばつの悪そうな顔で答えるアキラを見て、マナブはおかしそうに笑う。


「嘘つけ。好きで好きでどうしようもないくせに。アキがあんな顔すんの、ユキちゃんの前だけだ」

「あんな顔ってどんな顔だよ……」

「なんて言ったらいいのかな。目が優しいって言うか……いっつも愛しそうにユキちゃんのこと見てる」


 マナブに思わぬことを言われ、アキラは水割りを吹き出しそうになる。


「はぁ?愛しそうってなんだよ?!恥ずかしいこと言うな」

「そう言われてもな。こいつはこの子のことが好きなんだなとか、この子はこいつ以外にも男がいるなとか、そういうのは職業柄なんとなくわかるよ。アキはなんも言わなくても、ユキちゃんが好きって気持ちがダダ漏れだ」

「……人の心の中を勝手に覗くなよ」


 ずっと隠してきたつもりなのに、マナブからそんなふうに見られていたのかと思うと無性に恥ずかしい。

 アキラは照れ隠しに水割りを煽る。


「なぁ、ところでさ……。ハルってたしか、リュウの姪っ子だよな?めっちゃ可愛がってただろ?毎日プロポーズされてるって、昔よく聞いたけど……」


 マナブの口から急にハルの名前が出たことに、アキラは少し驚いた。

 マナブはたしか、ハルが幼かった頃も成長した今も、ハル本人に会った事はないはずだ。

 それなのに、マナブがなぜ急にハルの話をするのだろう?


「リュウ、ハルと結婚すんのか?」

「オレも詳しいことはよく知らねぇけど、そうらしいな」

「でも叔父と姪は結婚できないだろ?」

「いや、戸籍上は叔父と姪だけど、血は繋がってないんだってさ。そんで、ハルが大人になったら一緒になるつもりだって言って、リュウ、めっちゃ幸せそうだった」

「ふーん……あのリュウがねぇ……」


 意外そうではあるけれど、マナブはなんとなく納得したような顔をしている。


「それがどうかしたのか?」


 アキラがタバコを吸いながら尋ねると、マナブは少し顔をしかめた。


「いや……夕べ、アキが電話に出るって席外したじゃん。あの時な……ユキちゃんがリュウにやけに食い下がってさ」

「リュウに?」

「芸能人のリュウなら、周りには大人のいい女がいっぱいいるはずなのに、なんでよりによってハルなんだってユキちゃんが聞いたら、ずっと好きだって言い続けてきたハルの気持ちを受け止めてやろうと思ったってリュウが答えてさ……。そしたらユキちゃんが、それだけか、って。リュウはハッキリとは答えなかったけどな」

「ユキのやつ、そんなこと言ってたのか……」


 アキラにはユキの気持ちがなんとなくわかるような気がした。

 昨日いきなりリュウトとハルのキスシーンを目の当たりにした上に、いずれ結婚するつもりだとリュウト本人から聞かされた。

 ユキにとっては相当なショックだったに違いない。

 ユキはハルが生まれるずっと前から、リュウトのすぐそばにいた。

 少なくとも、中学生になって間もない頃には既にリュウトのことが好きだったのだろう。

 だから誰に口説かれても『好きな人がいるから付き合えない』と断っていたのだとアキラは思う。


「今まではユキちゃん見てても、何考えてるかよくわからなかったんだ。ただ、アキのことは大事なんだなとは思ってたよ。でも夕べのユキちゃん見てたら、リュウのことが好きなんだなって、すぐ気付いた」

「さすがバーテンダー……。すげぇ観察眼だな……」


 ユキのことはずっと見ていたはずなのに、自分はユキの気持ちには何ひとつ気付かなかったなと、アキラは苦笑いを浮かべて水割りを飲んだ。


「夕べ、眠ってるユキを送って帰ろうとしたら、ユキがオレの手掴んでさ……。うわ言でな、ずっと好きだったのに、って……行かないでリュウ、って……泣いてた」

「そっか……」


 夕べのことを思い出すと、アキラの胸はキリキリと痛んだ。

 アキラはそれを隠すように笑って話を続ける。


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