片想いの二人 ①

 アキラはユキを背負って夜道を歩いていた。

 ここ数日の寝不足と心労のせいか、これまでにないほど早く酔いが回ったユキは、アキラの背中で小さく寝息をたてている。

 ユキとは中学時代から20年以上もずっとそばにいるけれど、こんなことは初めてだとアキラは思う。

 じゃれて小突き合ったり、ふざけて頭を撫で回したりすることはあっても、こんなにユキの肌が密着したことはなかった。

 子どもじゃあるまいし、これくらいのことで……とは思うものの、いつもは感じることのないユキの女性らしい柔らかさや、意外と軽くて華奢な体つきにドキドキしている。


(柔けぇし……なんかいい匂いするし……)


 背中にユキの体温を感じながら、アキラは夜空に浮かぶ月を見上げて苦笑いを浮かべた。

 今夜は満月だ。

 だけど、ずっとユキのそばにいるために友達でいることを選んだ自分は、満月を見ても狼になることは許されない。


(人の気も知らねぇで無防備だな……。オレじゃなかったら残さず食われてんぞ……)



 ユキの部屋の前まで戻って声を掛けても、ユキは小さな声をあげただけで目を覚まさなかった。

 アキラは仕方なくユキのバッグの中から部屋の鍵を見つけ出し、玄関のドアを開けた。

 部屋の明かりをつけ、ユキをベッドの上にそっと降ろすと、アキラはその無防備な寝顔を見て、照れくさそうに頬をかいた。


(気持ち良さそうに寝やがって……。イタズラされても起きねぇんじゃねぇのか?)


 一瞬、ユキに触れたい衝動が込み上げ、アキラは思わず手を伸ばした。

 しかしユキの頬に触れる手前で我に返り、その衝動を抑えようと、伸ばしかけた右手を慌てて左手で掴んだ。


(なに考えてんだ!!バカじゃねぇか?!)


 ユキはそんなアキラの気も知らずに眠っている。

 今までだってユキの寝顔なんて何度も見ているはずなのに、この先もユキはきっと自分のものにはならないのだと思うと、アキラの胸がしめつけられるように痛んだ。

 アキラはおずおずと手を伸ばし、ユキの頬をそっと撫でた。


「オレだって男だぞ……?ちょっとくらい警戒しろよな……」


 自分のことを友達だと思うからユキは安心しきっているのだろうと思うと、アキラは複雑な気持ちになる。


(本当は友達なんかじゃなくて……オマエの特別な男になりたかった……なんて、今更だな……)


 アキラはひとつため息をついて、ユキの頭を優しく撫でた。


「帰るわ。じゃあな、おやすみ」


 こんな時、恋人ならおやすみのキスのひとつもできたんだろうなと思いながらアキラが立ち上がった時、眠っているはずのユキが涙を浮かべた。


「ん……?」


 アキラが再びしゃがんで顔を覗き込むと、ユキは泣きながら口元を小さく動かした。


「……っと……きだっ……」


 ユキの声は途切れ途切れで、よく聞き取れない。


「ユキ……大丈夫か?」


 アキラがユキの頬を伝う涙を指先で拭うと、ユキはアキラの手を握った。


(えっ、なんだこれ?!寝ぼけてんのか?!)


 突然のことにアキラの鼓動が速くなる。


「ちょっ……ユキ……」

「ずっと……好きだったのに……」


(えっ?!好きだった、って……?!)


 ユキが誰を好きなのかとか、もしかしたら自分のことなのかもという考えが頭を巡り、アキラの胸は更に激しく高鳴る。


「行かないでよ……リュウ……」


(……え……?リュウ……?)


 ユキの口からリュウトの名前が出ると、アキラの頭は一気に冷えて真っ白になった。

『ずっと好きだった』と、ユキはたしかに言った。

 ユキも自分と同じようにリュウトへの気持ちを隠して、友達の顔をして笑っていたのだと思うと、アキラの胸にどうしようもないほどの苛立ちが込み上げる。


(オレはリュウじゃねぇっつーの!間違えんな、バカ!!)


 アキラはユキの手を乱暴に振りほどいた。

 それに驚いたユキが目を覚まし、事態が飲み込めずキョロキョロしている。


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