片想いの二人 ②

「えっ……あれ……?アキ……?え?なんで私、泣いてんの?!」

「オレで悪かったな。どうせ言うなら、オレじゃなく本人に言え」


 アキラはいつもより低い声で呟いて玄関へと向かう。


「えっ?!ちょっと待ってよアキ!どういう意味?!」


 ユキは慌てて起き上がって後を追い、部屋を出て行こうとするアキラの腕を掴んで引き留めた。


「そんなのユキ自身が一番よくわかってんじゃん」

「……なんのこと?マナの店で飲んでたとこまでは覚えてるんだけど……」


 アキラはうつむいてため息をついた。


「……オマエさ……ホントは昔から、ずっとリュウが好きなんだろ?」

「えっ?!なんでそれ……!」

「自分で言ったことも覚えてねぇのかよ」


 どんなに好きでも、ずっとそばにいても、ユキが自分を好きになることなどない。

 アキラは自分ばかりが胸を痛めていることが、急に虚しくなった。

 大人の男になった今も現実から目をそらして、若かったあの日と同じようにユキとの関係を守ってきた。

 だけど本当は、臆病な自分を守りたかっただけなのかも知れない。


(オレもユキも、もうあの頃みたいなガキじゃねぇ……。友達でいいなんて、ホントは思ってねぇくせに……!こんなバカげたことはもうやめちまえ……!)


 アキラは何も言わずうつむいて、ただ強く拳を握りしめている。

 ユキはアキラの言葉の意味も、自分が涙を流していた理由もわからず困惑している。


「アキ……?」


 明らかにいつもとは様子の違うアキラの顔を、ユキが少し心配そうに覗き込んだ瞬間、アキラはユキの体を強く抱きしめ、頭を引き寄せて強引に唇を塞いだ。


「んんっ?!」


 ユキはアキラの腕の中で身をよじり、必死で抵抗している。

 アキラはユキを逃がさないようにしっかりと抱きしめ、唇をこじ開けて激しく舌を絡めた。


(好きだ……。オレだって……オマエのこと、ずっと好きだった……)


 こんな一方的で強引なキスなど望んでいなかった。

 遠い昔に思い描いていたおぼろげな夢の中の自分はいつも、ユキを優しく抱きしめて、甘いキスをして、二人で幸せそうに笑っていた。


(ガキの頃の夢なんか今更思い出したりして……オレ、バカだ……)


 長いキスの後、アキラはようやくユキを抱きしめる手の力をゆるめた。

 ユキは目を見開いて後退り、手の甲で唇を押さえ呆然としている。


「……アキ……なんで……?」

「ユキはどうせ……オレのことなんてどうでもいいんだろ?もうそばにいても、なんの意味もねぇってやっと気付いたからさ……今更だけど言うわ」


 アキラは目をそらして、自嘲気味に笑った。


「オレは中学ん時から……ずっとオマエが好きだったよ。男と思われもしねぇのに、こんなに長い間片想いしてバカみてぇだな」

「えっ……」

「オレもオマエと同じってことだよ。でも友達ヅラしてんのもそろそろ限界だからさ……こんなバカらしいこと、もうやめるわ。じゃあな」


 アキラは吐き捨てるようにそう言って、ユキの顔を見ないようにして部屋を出た。

 自宅へ向かう道の途中で立ち止まって見上げた月は、ぼんやりとにじんで見えた。


(ずっと自分の気持ち隠してまで、ユキとの関係守ってきたのに……こんなふうに自分の手で壊して終わらせるなんて……)




 翌日の昼過ぎ、アキラのスマホにマナブからのメールが届いた。

 夕べはあまり飲めなかっただろうから、今夜飲み直しに店に来いと言う内容だった。

 あまり気は進まなかったが、一人で部屋にいるとまた落ち込んでしまいそうで、アキラはマナブの誘いに応じることにした。


 仕事の後、アキラが店に足を運ぶと、カウンターの中には別のバーテンダーがいた。


「よぅ、アキ。こっちこっち」


 マナブがテーブル席でタバコを吸いながら右手を上げた。


「なんだ……マナ、今日は仕事休みか?」

「そう。たまにはゆっくり飲もうぜ」


 ビールで乾杯して、しばらくの間は他愛もない世間話をした。

 マナブはビールを飲みながら、いつになく元気のないアキラの様子を窺った。

 しばらくすると、マナブはウイスキーのボトルを入れて、慣れた手付きでふたつのグラスに水割りを作った。


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