知らないうちに ④
「ん?どうした?」
「今日はなんだかアキくんがいつもより優しいから、嬉しくて……」
何か特別なことをしたわけでもないのに、ほんの些細なことでとても嬉しそうにしているカンナを見ると、アキラは少しの罪悪感を覚えた。
「オレいつもそんなに冷たかったか?」
「冷たいって言うか……。アキくん、会いたいとか全然言ってくれないし、いつも私には関心なさそうだから……あまり好かれてないんだなって」
たしかに付き合おうとも好きだとも言わなかったし、カンナのことをものすごく好きだとか、深く知りたいとも思わなかった。
カンナがそんなふうに思っていたことにも気付かなかったし、それはもしかしたら、自分が見ようとしていなかったから気付かなかっただけなのかも知れない。
いつものように浅くて適当な付き合いをしてきたことが、知らないうちにカンナを傷付けていただと思うと、アキラはいたたまれない気持ちになる。
『彼女をもっと大事にしてあげなよ』
ユキの言葉が不意にアキラの脳裏をよぎった。
そばにいるために友達でいることを選び、告白もせずユキへの気持ちを封印したずっと昔のことを、今更悔やんでも仕方がない。
ユキにも彼氏がいるのだし、何よりそんな気持ちを今になって打ち明けたとしても、ユキを困らせるだけだろう。
だったら、今の自分を好きでいてくれるカンナを大事にした方がいいに決まっている。
アキラはカンナをそっと抱き寄せて、優しく頭を撫でた。
「そっか、そんなつもりはなかったんだけどな。カンナみたいな大人しい子と付き合うの初めてで、どう接していいかよくわかんねぇしさ。優しくすんのとかも照れくさくて、あんま慣れてねぇんだ。カンナはどうして欲しい?」
カンナはアキラの胸に顔をうずめ、シャツをギュッと握っている。
その手が少し震えていることにアキラは気付いた。
「私は……もっとアキくんと一緒にいたいし……私のこと、好きになって欲しい……」
「え……」
いつもは自分の気持ちをあまり言葉にしないカンナが、初めてその胸の内を明かしたことにアキラは戸惑い、返す言葉がなかなか出て来ない。
「私……アキくんが好き……。ちゃんと、アキくんの彼女になりたいの……」
アキラ自身も気になっていた曖昧な二人の関係に、カンナも気付いていたのだろう。
元々、カンナのことは彼女だと思っていたわけだし、この辺でハッキリさせるべきなのかも知れない。
「……オレは、カンナのこと彼女だと思ってる」
「ホント?」
カンナが顔を上げて、潤んだ目でアキラを見つめた。
アキラにはカンナのその目が、これまで何ひとつハッキリさせずにいた自分を責めているようにも感じられた。
「付き合おうとか、ちゃんと言ってなかったもんな。でもオレは、彼女でもなんでもねぇ女は抱かねぇぞ?」
「うん……。でも私は今まで、アキくんに迷惑がられたり嫌われたりするのが怖くて、私のことどう思ってるか聞けなかったんだ……」
そんなふうにカンナが悩んでいたことを初めて知ったアキラの胸が、チクリと痛んだ。
片想いの辛さは、他でもないアキラ自身が一番よくわかっている。
アキラは、カンナに自分と同じ胸の痛みを与えていた事を申し訳なく思った。
「そっか……。悪かったな、オレがハッキリしないせいで悩ませて」
「私……アキくんのことがすごく好きなの。これからも、アキくんのそばにいてもいい?」
「……当たり前だ。カンナ……ありがとな」
アキラはカンナの唇にそっとキスをした。
よく考えたら、キスはいつもセックスの前にする儀式のようなものだった。
こんなふうに優しくキスをするのは初めてかも知れない。
そう思うとなんとなく照れくさくて、アキラは唇を離すと、照れ隠しにカンナの頭をポンポンと軽く叩いた。
「それにしても腹減ったな。うまい手料理食わしてくれんだろ?」
「うん。大急ぎで作るね」
「じゃあオレはその間にシャワーしてくるわ。慌ててケガすんなよ」
「わかった」
浴室でシャワーを浴びながら、アキラは大きなため息をついた。
(なんで『オレもカンナが好きだ』って言えなかったんだ……)
『カンナが好きだ』と言えないことをごまかすために、キスをした。
それを気付かれたくなくて、いつもより優しくした。
そんな自分のズルさと、往生際の悪さに吐き気がする。
(ユキのことはもう考えるな……。これからはカンナのことをちゃんと好きになって、大事にすればいいんだ。アイツだってそれを望んでるんだから……)
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