知らないうちに ③
ユキはカンナがサロンに来たことをアキラには話さなかった。
カンナがアキラには内緒でサロンに来たのなら、黙っておいた方がいいと思ったからだ。
ユキはアキラとリュウトとトモキと一緒によく遊んでいた頃を思い出すと、大人になってバラバラになっていくことが寂しい気持ちになった。
(昔はこんなこと考える必要なんてなかったのに……。大人ってめんどくさいな……)
翌日。
仕事を終えたアキラが自宅に戻ると、部屋の前でカンナが待っていた。
「悪いな、待ったか?」
「ううん、そうでもない」
カンナはその手に、たくさんの食材が詰まったスーパーの買い物袋を提げている。
「なんだ、買い物してきたのか?」
アキラが鍵を開けながら尋ねると、カンナは少し照れくさそうに微笑んだ。
「うん。アキくん、食事はいつも外食とかお弁当で済ませてるんでしょ?一緒にごはん食べる時も外食ばっかりだし、栄養片寄ってないかなって、ずっと心配だったんだ。たいしたものは作れないんだけど、たまには手料理でもどうかなと思って」
「へぇ、いいじゃん」
ドアを開けて中に入り、部屋の明かりをつけた。
アキラは今朝までここにユキがいたことがカンナにバレたりはしないだろうかと、素早く部屋の中を見回した。
今朝使ったカップは出掛ける前に洗ったし、灰皿に残っていたユキの口紅のついた吸い殻もゴミ箱に捨てた。
どうやら特に心配するほどの物はなさそうだ。
アキラはほんの少しの後ろめたさを隠すように、笑ってカンナの方を見た。
「で、何作ってくれんだ?」
「鶏の唐揚げと、野菜たっぷりの焼きそば。アキくん、唐揚げと焼きそば大好きでしょ?」
「へぇ、よくわかってんじゃん」
アキラがワシャワシャと頭を撫でると、カンナは嬉しそうに笑った。
カンナがこんなに嬉しそうに笑う顔なんて、今まで見た事があっただろうか。
「お腹空いてるでしょ?急いで作るね」
「おぅ、頼むわ」
アキラはキッチンに立つカンナの後ろ姿を見ながら、タバコに火をつけた。
そう言えばこれまで、部屋に来てもカンナに手料理を作ってもらったりはしなかった。
(こういうの、なんとなく新鮮だな……。すげぇ恋人っぽいっつうか……)
きっとたいして好きでもない体だけの関係なら、わざわざ材料を買いに行ってまで、相手の好きな料理など作らないだろうとアキラは思う。
それにしてもカンナが急に手料理を食べさせたいと言い出したのは、どういう風の吹き回しなのだろう?
それが少し気になりはしたが、あまり深く考えずに、カンナの厚意をありがたく受け止める事にした。
アキラは灰皿の上でタバコの火を揉み消して立ち上がり、キッチンで料理をしているカンナに後ろから近付くと、野菜を包丁で刻むカンナの手元に違和感を覚えた。
そしてすぐにその違和感の正体に気付き、軽く首をかしげる。
(ん……?ネイル?)
カンナはいつもそんなことしていただろうかとアキラは考える。
おそらくカンナがネイルをしているのを見るのは初めてだ。
「カンナがネイルなんて珍しいな」
「あっ……うん。いいネイルサロンがあるって友達に誘われてね、初めて行ってみたの。どうかな?似合う?」
カンナは料理をする手を止め、指をそろえてアキラに見せた。
ユキがいつもしているような派手なものばかりでもないんだなとアキラは思う。
(あんな派手なのは、カンナがしても似合わねぇんだろうな……。ユキだから似合うのか……)
「あんま派手じゃねぇし、落ち着いた感じでいいと思うぞ。オレには女のオシャレのことはよくわかんねぇけどな」
「アキくん、派手なのは好きじゃないの?」
好きじゃないのかと尋ねられ、アキラは少し考える。
元ヤンだけに昔から周りにいたのは、派手でけばけばしいファッションを好む女の子ばかりだったから、かなり食傷気味だった。
だからタイプの違うカンナと一緒にいるのが落ち着いたのかも知れない。
「うーん……。まぁ、どっちかと言うとな。本人が満足してりゃそれでいいんだろうけど、あんまりゴテゴテしたのは見てるだけで胸焼けしそうだ」
「これくらいならイヤじゃない?」
「そうだな。似合ってるし、カンナが気に入ってんならそれが一番じゃね?」
アキラが頭を撫でると、カンナはまた嬉しそうに笑ってアキラを見上げた。
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