知らないうちに ②
カンナの思い詰めた表情を思い出して、ユキは両手で顔を覆った。
(彼女からアキを取ろうなんて思ったことないけど……私、知らないうちにアキの彼女をあんなに悩ませてたんだ……)
生まれ育った街を離れて行く友達が多い中、ずっと当たり前のようにすぐ近くにいるアキラのことは、掛け替えのない友達だと思っていた。
アキラとの間にやましいことは何もないと言うのは嘘ではないし、恋愛感情を持ったこともない。
それでもカンナは、自分がそばにいない間もアキラのすぐそばにいるユキの存在が不安で仕方なかったのだろう。
帰り際にカンナは、一度ユキと会って直接話してみようと何度かサロンに電話をしたものの、躊躇して何も言わずに電話を切ってしまったことを謝っていた。
ユキはそれを聞いて、無言電話の正体はカンナだったのだと納得した。
あの写真もそうなのかと聞こうとしたが、どうやらカンナではなさそうだと思ったユキは、結局何も聞かなかった。
(あの子、ネイルなんて初めてって言ってたな……。私に会うために、覚悟を決めてここに来たってことだよね……。ホントにアキが好きなんだ……)
ユキはカウンターの中でイスに座り、閉店業務もそっちのけで、ぼんやりとパソコンの画面を眺めながらため息をついた。
それからしばらくして、ユキがノロノロと閉店業務をしているとスマホの着信音が鳴った。
スマホの着信画面にはアキラの名前が表示されている。
ユキはスマホを手に取り、アキラからの電話に出た。
「まだ終わらねぇのか?」
「あー、ごめん……。もうすぐ終わる」
「そっか、じゃあとりあえず迎えに行くわ」
「……うん」
サロンからの帰り道で夕食を済ませた後、二人でアキラの家まで歩いた。
どことなく元気のないユキの様子が気になりはしたものの、ストーカーの件で気を張って疲れているのかも知れないと思い、アキラはあえて何も聞かなかった。
家に帰りシャワーを終えたアキラは、冷蔵庫からビールを2本取り出してユキの向かいに座り、ビールを差し出した。
ユキは受け取ったビールを飲みながら、ぼんやりとスマホを眺めている。
「シャワー使っていいぞ」
「うん」
ユキはスマホの画面を見たまま、顔を上げずに返事をした。
「彼氏か?」
「あー、うん……。来週会えるかって」
「そうか」
彼氏からの連絡にしては、ユキは浮かない表情をしている。
アキラはどうかしたのかと聞こうとしてやめた。
ユキと彼氏の問題に踏み込むなんて、バカなことはやめておいた方がいいに決まっている。
それよりもまずは自分のことをどうにかした方が良さそうだ。
「あ、そうだ。さっき、アキのスマホ鳴ってたよ」
「ん?ああ」
アキラはスマホを手に取り、トークアプリを開いて、受信したメッセージを確認した。
(カンナか……)
【明日会える?】
カンナからのたった一言の簡潔なメッセージを読んで、アキラは小さくため息をついた。
そういえばいつも、会おうと言うのはカンナからだ。
自分からデートに誘ったり、会いに行ったりしたことはなかった気がする。
(オレ、全然カンナに優しくねぇ……。もしカンナがオレを好きで、『彼氏』だと思ってんなら、もっと大事にしてやんねぇとかわいそうだよな……)
「あのさ、アキ……。私、明日の仕事が終わったら自分の家に帰るよ。迎えにも来なくていいから」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫。いつまでもここにいるわけにいかないし、やっぱ彼女に悪いしね」
何が起こるかわからないし、引き留めたい気持ちはあるが、ユキの言うことはもっともだ。
それに、このままでは今のユキとの関係を壊してしまいそうで怖い。
友達ならそれなりの距離感を保つことも必要だとアキラは思う。
「そっか。でもなんかあったら遠慮なく言えよ」
「うん」
ユキは静かにうなずいたあと、神妙な面持ちで口を開く。
「あのさぁ、アキ……」
「なんだ?」
「私は大丈夫だからさ、彼女をもっと大事にしてあげなよ。何も言わなくてもそばにいるってことはさ、それだけアキが好きってことなんじゃない?」
「ん?ああ……そうだな……」
なんとなくいつもと違う様子のユキに違和感を覚えはしたものの、アキラはあえて何も聞かなかった。
カンナとのことをユキに心配されるのは、アキラにとっては複雑な気分だった。
アキラはカンナに、【明日は5時半で仕事が終わるから、その後なら会える】と返信した。
カンナからは、【じゃあそれくらいの時間にアキくんの家の前で待ってる】と返信があった。
スマホをテーブルの上に置きながら、これがきっとあるべき姿なのだとアキラは思った。
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