どんな理由で ③
「なぁ、ユキ……。彼女と女友達の違いって、なんだと思う?」
「……は?何それ?」
それはユキにとって、よほど意外な質問だったのだろう。
アキラの言いたい事がわからず、ユキはポカンとしている。
その表情を見たアキラは少し焦りながらも、できるだけ平静を装った。
「あー……質問変えるか。ユキが彼氏と付き合い始めたきっかけってなんだ?」
その質問もユキにとっては衝撃が大きく、アキラが質問の仕方を変えたところで、まるで無意味なものだった。
今までそんな話をしたことがなかったのに、アキラが突然そんな質問をしたので、ユキは呆気に取られている。
しかしよほどの事がなければ、こんな恋愛相談のような事をアキラからしてくるわけがないと思い直したユキは、その質問に真面目に答える事にした。
「きっかけは……付き合ってくれって言われたから……?」
「ふーん……そうか……」
(きっかけってそんなもんか……?だったら、もしオレがもっと早く『付き合おう』って言ってたら、ユキは……)
「なんで急にそんなこと聞くのよ?」
ユキに尋ねられて、アキラは我に返る。
友達でいることを選んだのは自分なのに、今更何を考えているのか。
もういい加減、いつまでも昔の恋心を引きずるのはやめなければと、アキラはさっき頭に浮かんだことをかき消そうとした。
「別に。聞いてみただけだ」
「ふーん。アキは?」
「え?」
「アキが彼女と付き合い始めたきっかけって何?」
まさか同じことを尋ねられるとは思っていなかったアキラは返答に困り、考えているふりをしてタバコに口をつけた。
(何がきっかけって聞かれてもな……。いちいち考えんのもめんどくせぇ……ってか、オマエにだけは聞かれたくねぇっつうの)
アキラは眉間にシワを寄せながら、吐き出したタバコの煙がゆらゆらと流れていくのを目で追った。
「……覚えてねぇ」
「え?いくらなんでも、覚えてないってことはないでしょ?」
「いや……付き合おうとか言った覚えも、言われた覚えもねぇ」
ユキは驚いて目を見開いている。
「はぁ?!何それ?!でも付き合ってんでしょ?!」
「それがオレにもわかんねぇんだよ。いつの間にか付き合ってるような気でいたんだけどな、よく考えたら、お互い付き合おうとかなんも言ってねぇんだ。こんなんで付き合ってるって言えると思うか?」
「うーん……。それより大事なのは、お互いの気持ちなんじゃないの?好きだから一緒にいるんでしょ?」
(だから……オマエには聞かれたくねぇんだって!)
「……どうだかな。でも、嫌いじゃねぇのだけはたしかだ」
アキラはこの話はもうやめにしようと、残っていたビールを一気に飲み干して立ち上がった。
「シャワーしてくる。まだ飲みたけりゃ冷蔵庫から出して飲め」
「あー、うん……」
浴室からシャワーの音が聞こえ始めた。
ユキは一人でビールを飲みながら、ぼんやりと考える。
(私も似たようなもんだな……。アキに偉そうなことは言えない……)
タカヒコからは付き合おうと言われたし、好きだとも言ってくれる。
けれど自分はタカヒコに対して、好きだと言ったことなど一度もない。
あまり会えなくてもたいして寂しいとは思わないし、片想いの恋をしていた昔のように、タカヒコを想って胸を痛めることもない。
(付き合おうって言われたからなんとなく付き合ってたけど……私、タカヒコさんのこと好きじゃないのかな……)
浴室では、アキラが目を閉じて頭から強めのシャワーを浴びていた。
(好きだから一緒にいるんでしょ?って……)
好きだから一緒にいたくて、好きだと言えなかった。
友達でも一緒にいられたらいいと思っていた。
だけど結局、友達は友達でしかない。
どんなに好きでも、どれだけ一緒にいても、ユキはいつかきっと、自分ではない他の誰かのものになってしまう。
若かったあの頃は、そんなことに気付かなかった。
大人になっても、すぐ近くにユキがいることに安心して、ずっとこのままでいられると勘違いしていたかも知れない。
こんなことならもっと早く告白しておけば良かったのかとか、いっそのことキッパリふられて、この気持ちにも友達と言う関係にもケリをつければいいのかとも考える。
だけどやっぱり、もう一緒にはいられなくなるのかも知れないと思うと、踏ん切りがつかない。
好きだから、友達のふりをしてでも一緒にいたい。
好きだから、他の誰かのものになって欲しくない。
あきらめようと閉じ込めたはずの想いが、大人になった分だけ形を変えて、またアキラの胸をしめつけた。
(友達なんて……もしユキが誰かと結婚したら、もう今みたいに一緒にはいられねぇんだな……)
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