うまくいかない恋の話 ④
アキラはカウンターの中に向かって手を伸ばし、握り拳でマナブのこめかみをグリグリやった。
その強烈な痛みにマナブは悶絶している。
「ウソウソ、冗談だって!!アキに殺されたくねぇもん!!」
マナブが堪らず声を上げると、アキラは呆れながら手を離した。
「殺しゃしねぇよ。半殺しだ」
本気とも冗談とも取れないアキラの言葉に、マナブはまた大笑いした。
「こえーよアキ!!でもなんで?やっぱユキちゃん大事だから?」
「そりゃ友達だしな。お互いいい歳した大人だし、同意の上ならなんも言うつもりはねぇけど」
いつになく真剣な様子のアキラに、ユキは意外そうな顔をした。
「あのさぁ……私を無視して勝手に話進めないでくれる?オヤジかっての」
「オヤジってなぁ……。オレはユキが顔のいい軽い男に騙されねぇように心配してやってんだよ」
「顔のいい男はいいとして、軽いってのはひどいけどな。オレはいやがってる女の子に無理やりそんなことするほど飢えてないから心配すんな、アキ」
「だったらそのニヤけた顔をなんとかしろよ。とりあえず帰るわ」
勘定を済ませてバーの外に出たアキラとユキは、暗い夜道を並んで歩いた。
「飲み足りたか?」
「全然」
「だろうな。オマエ、酒つえーもん」
ユキはかなりの酒豪で、女の子を酔い潰してお持ち帰りをしようと良からぬことを企む男たちを、散々返り討ちにしてきた武勇伝をいくつも持っている。
アキラはユキと一緒に酒を飲む時は、先に酔い潰れないように、いつもよりペースを落としてゆっくり飲むようにしている。
「もう少し飲みたいんだけど。もう一軒付き合ってよ」
「めんどくせぇよ。公園で缶ビール1本くらいなら付き合ってやるけどな」
「じゃあそれでいいや。でも公園は寒いからやだ。ビールあるし、うちで飲もう」
「しゃあねぇな……。付き合ってやるよ」
アキラとユキは、時々どちらかの家で酒を飲む。
酔っぱらってそのまま眠ってしまうこともあるが、ただそれだけで、どんなに酔っていてもおかしな雰囲気になったことは一度もない。
ユキの家に向かいながらアキラは、マナブがおかしなことを言っていたなと思う。
ユキも言っていた通り、今更男女の仲になるようなことはないとアキラも思っているし、それにお互い、付き合っている相手が別にいる。
(いや、だからそもそも、オレとカンナは付き合ってんのか?)
カンナより一緒に過ごす時間は間違いなくユキの方が長いと思うし、お互いのことをよく知っているとも思う。
けれど、ユキとは家を行き来はしても、やましいことは何もない。
(なんだこれ……?付き合ってるって、結局はやるかやらないかの違いだけ……?それとも『付き合ってる』って言うお互いの認識の問題なのか?)
いい歳をして、こんな初歩的なことを考えているのもおかしいとは思うものの、カンナとの関係が曖昧だと気付いた今、アキラはなんとなく胸がモヤモヤしている。
ユキは、さっきから急に黙り込んでしまったアキラを不思議に思いながら歩いている。
「急に黙っちゃって……どうかした?」
「ああ……いや、なんでもねぇ」
「ふーん?ならいいんだけど」
ユキの横顔をチラリと窺ったアキラは、首の後ろを押さえてため息をついた。
(散々他の女とも付き合っといて、『ホントはずっと好きだった』とか、今更言えねぇもんな……)
アキラがユキへの想いを封印したのは、もう随分昔の話だ。
中学生の頃、誰に付き合おうと言われても『好きな人がいる』と言って断るユキに、ひそかに片想いしていた。
ふられるのは目に見えていたので、アキラはその想いを誰にも、もちろんユキ本人にも打ち明けたことはない。
ただそばにいて笑っていられたらいいと、友達の顔をしてユキへの恋心を封印した。
それからもう20年もの年月が流れた。
ユキのことは友達として大事にしようと思いながらも、よく考えたら今まで誰とも本気の恋愛などしたことがないとアキラは気付いた。
(今更何考えてんだ……。オレらはこのままでいるのがいいに決まってんのに……)
男と女の友情なんて有り得ないと誰かに言われるたび、そんなことはないと否定しつつも、なぜか心のどこかで後ろめたさを感じていた。
その理由はこれだったのかと、アキラは思わず右手で目元を覆った。
(だっせぇ……。オレ、全然割り切れてねぇじゃん……)
だけどやっぱり、こんな気持ちは今更過ぎるとアキラは思う。
ユキだって自分のことは友達以上に思ってなどいないのだから。
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