どんな理由で ①

 ユキのマンションが近付いてくると、アキラは急に落ち着かないそぶりを見せ始めた。

 今更男女の仲になるなんて有り得ないと頭では思っているのに、突如溢れかえったユキへの恋心がアキラを戸惑わせた。

 どういうわけか、やけに鼓動が速い。


「ん?どうかした?」

「いや……」


 いつもよりやけに速い鼓動をなんとか抑え込もうと、アキラは必死で自分に言い聞かせる。


(なんだこれ?!今までだって、何度もお互いの部屋で二人きりで酒飲んでたじゃねぇか!!)


 どれだけ酔ったとしても、今更ユキとの間には色っぽい事などあるはずがないと思うのに、あり得ないはずの色っぽい妄想が、アキラの脳内を支配する。

 さほど酔っていない状態でもこの調子なのに、これから酒を飲んでしまえば、酔った勢いを言い訳にして、無理やりにでもユキを自分のものにしてしまおうとするかも知れない。

 もしそんなことをしてしまったら、もう友達でもいられなくなる。


(いや、やっぱこれまずいだろ……)


 とにかく今は、ユキと部屋で二人きりになるのは避けたいとアキラは思う。

 そんなアキラの思いも露知らず、ユキはドアの前に立って鍵を開けた。


「なぁ、ユキ……」

「ん?」


 ドアを開け、ユキはいつものようにドアポストを開いた。


「やっぱオレ……」


 今日はこれで帰るとアキラが言おうとした時、バサッと音をたててドアポストの中から何かがこぼれ落ちた。


「えっ……何これ……?!」


 その異様な光景に、ユキは呆然と立ちすくんでいる。

 アキラは慌てて玄関の明かりをつけた。


「なんだこれ……写真?」


 足元にはユキの写真が散らばっている。

 朝の通勤する姿や、サロンに着いて鍵を開けている姿、コンビニで買い物をしている姿など、外で撮られたものの他に、休みの日にベランダで洗濯物を干している姿や、部屋の中にいるユキをカーテンの隙間から撮ったものもある。


「え……なんで……?!誰が……?いつの間にこんな……」


 ユキは玄関にしゃがみこんで、1枚の写真を手に取った。

 その手が小さく震えていることにアキラは気付く。

 どうやらユキ本人も気付かないうちに盗撮されたものらしい。


(ストーカーってやつか?もしかして無言電話も……?)


 アキラは写真の下に落ちていたカードのような物を、何気なく拾い上げて絶句した。


(な……なんだこれ……?!)


 愕然としているアキラを見て、ユキはうろたえる。


「アキ……どうかした?」


 アキラが手にしたカードを見たユキは、これでもかと言わんばかりに目を見開き、思いきり体をのけぞらせた。


【ずっと前から好きだった。

 いつも君を見ているよ。

 一生僕が守ってあげるからね】


「アキ……それ、なんの冗談……?」

「オマエはバカか!オレじゃねぇっつーの!!」

「ホント……?」

「当たり前だ!見てみろ、ホラ!!」


 アキラはそのカードをユキに差し出した。


「アキ、バカじゃないの……?」

「だから!さっきからオレじゃねぇって言ってんだろ!!オレがこんな恥ずかしいこと書くと思うか!写真と一緒にポストに入ってたんじゃねぇのか!!」


(言えるもんなら、とうの昔に言ってるっての!!)


 ユキは眉をひそめながら目を凝らしている。


「私のことずっと見てるの……?気味悪い……」

「ユキをコソコソつけ回してんだろ。悪趣味だな」


 誰がこんなことをしたのかはわからないが、警察に相談するなら証拠として残しておく必要があるので、安易に捨てるわけにはいかない。

 アキラは集めた写真をユキに手渡した。


「とにかく……これ持って警察に相談に行った方がいいんじゃね?無言電話に盗撮、ここまできたら立派なストーカーだろ」

「うーん……。警察に相談ね……」

「一人で不安なら、オレがついてってやる」

「うん……そうだね」


 少しくらい疑わしいことがあった程度では、警察が動いてくれないことくらいはアキラも知っている。

 だけど黙って見過ごして、ユキにもしものことがあったらと思うと気が気でない。

 早めに手を打った方が良さそうだ。

 アキラは拾い上げた写真を見て、少し考える。

 誰が何のためにこんなことをしたのかはわからないが、ユキが四六時中誰かに見られているのはたしかだ。

 自宅を知られている以上、ここでユキを一人にして危険にさらすわけにはいかない。


「ユキ、とりあえずうちに来い」

「でも……」

「オレんちの方がここよりは安全だろ。後のことはそれから考えればいい。ほら、何日分か荷物まとめろ」

「……うん」


 ユキは素直にうなずいて、部屋に入りクローゼットの扉を開けて、着替えを用意し始めた。



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