夢をあきらめた男たち ④
カンナとは1年ほど前、仕事帰りにこの店に寄った時に出会った。
この店で顔見知りになった客とカンナが友人で、カンナはその時初めてこの店に来たと言っていた。
少し会話をしたからと言って、アキラはカンナのことが特別気に入ったわけでもなかったけれど、何度か顔を合わせるうちに次第によく話すようになり、なんとなくこの店以外でも会うようになって、気が付けば付き合っていたと言う感じだ。
好きだとか付き合おうと言う言葉があったかどうかも、正直なところよく覚えていない。
どちらから誘ったのかもさだかではないが、何度かデートらしきことをして、その流れで自然と男女の仲になっていた。
おそらくカンナのことは好きだとは思うし、カンナも同じように自分を好きなのだと思う。
だから1年近くもこの関係が続いているのだろう。
カンナはこれまでアキラが付き合ってきたタイプとはまったく違う。
派手でもないし、特別美人と言うわけでもない。
どちらかと言うと家庭的で物静かで、それこそ気が付けば隣にいると言う感じだ。
アキラは改めてカンナとのなれそめを思い出して首をかしげた。
(好きだとか付き合おうとか、おそらく一言も言ってねぇ……。なのになんで一緒にいるんだ?)
首をかしげながらビールを飲んでいるアキラを、マナブは不思議そうに見ている。
アキラはビールを飲みながら、そういえば最近彼女と会ったのはいつだったかと考える。
(えーっとこの前会った時は……カンナから会わないかって連絡があって、一緒に晩飯食ってオレの部屋でやって……泊まってくかと思ったのに帰ったんだ。あれ、いつだっけ?)
よく考えたら、カンナと一番最近会ったのは、もう2週間も前だ。
たしか、その前も同じくらい会っていなかった。
(あれ……?その前もカンナから誘われて、晩飯食ってオレの部屋でやっただけで帰らなかったか?ってか……その前も?えっ……?いつからだ?)
最近カンナと会う時はいつも、カンナからの誘いで会い、外で食事をしてからアキラの部屋でセックスをするだけになっていることにアキラは気付いた。
(セフレ……?いやいや、そんなふうに思ったことは一度もねぇぞ……?)
最初の頃はそれなりに恋人らしいことをしていたと思うし、今よりは会話も多かったように思う。
深く考えたことはなかったけれど、これで本当に恋人と呼べるだろうか?
「そろそろ結婚の話とか出ないのか?二人とももういい歳じゃん。結婚願望がないわけでもないだろ?」
「まぁ……そうなんだけどな。ってか……そもそもオレらって付き合ってんのか?」
「……は?なんだそれ?」
アキラがカンナとの関係が曖昧だと話すと、今度はマナブが首をかしげた。
「それでよく1年も……」
「だよな。オレもさっきまで気付かなかった」
お互いになんの約束もせず恋人と認識しているなんて、よく考えたらおかしな話だ。
いや、もしかしたら恋人だと思っているのは自分だけかも知れないと思いながら、アキラはタバコに火をつけた。
「それじゃあ他の男に乗り換えるって言われても文句言えねぇなぁ」
「まぁ……そうだな。でもカンナがそうしたいなら、オレは引き留めるつもりはねぇ」
「なんで?好きじゃないのか?」
流れていくタバコの煙を目で追いながら、アキラは少し考える。
「好きか嫌いかで言うと、多分好きなんだとは思うけどな。でもなんちゅうか……めちゃくちゃ会いたいとか、死ぬほど好きだとか思った事もねぇし、一生一緒にいたいかって聞かれると、正直わかんねぇんだよ。カンナがオレと結婚して幸せかどうかもわかんねぇしな」
「先のことなんか誰にもわかんねぇよ。オレは一生添い遂げるつもりで一緒になったけど、たった4年で離婚した」
「若い頃なら勢いだけで結婚できたかも知んねぇけどさ。この歳になると、いろいろ難しいもんだな……」
とは言え結婚を急ぐつもりもないし、身の回りのことは自分でできるから、一生今のまま独身でも特に困らない。
ただ、それではこの先の人生が寂しすぎるような気もする。
「オレは彼女がどう思ってるのかが気になるよ。あの子、大人しい性格だし自分からは言えないだけで、アキがプロポーズしてくれんのをひたすら黙って待ってたりしたら、かわいそうじゃん?いい機会だからハッキリさせたらどうだ?」
「それもどうだかな……」
もし結婚するなら、一生一緒に生きていきたいと思える相手がいい。
だけどそれがカンナなのかと聞かれたら、今のままではきっとうなずけないと思う。
この調子では当分結婚なんてできなさそうだ。
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