夢をあきらめた男たち ③
仕事を終えたアキラは行きつけのバーに寄った。
一種の習慣みたいなもので、仕事のあとで特に用がないときは、何も考えなくてもこの店に足が向かっている。
「いらっしゃい」
「よぅ」
いつものようにカウンター席に座って、バーテンダーのマナブにビールを注文した。
マナブはバンド解散後、リュウトの後任としてバンドに加入した友人のカズヤと新たなバンドを結成して音楽活動を続けていたが、そのバンドも3年ほどで解散。
その後、兄が経営しているこのバーで働き始め、5年前に結婚して子どもも生まれたのだが、昨年離婚した。
アキラはその理由は詳しくは知らないけれど、マナブから『だんだんうまくいかなくなった』とだけは聞いている。
アキラはバンド解散後からカズヤとは会っていないが、マナブの話によると、カズヤは新しいバンドの解散後も別のバンドに加入して、今でも仕事の傍らバンド活動を続けているそうだ。
「なぁ、マナ……。なんか面白いことでもねぇかなぁ……」
アキラはつまらなさそうにそう言ってビールを飲んだ。
「面白いことねぇ……」
マナブはカウンターの中で、小皿にナッツを盛りながら考える。
「特にないけど……急にどうした?」
「今日な、仕事中に車ん中で、アイツらの曲が流れてたんだ。それが昔オレらがやってた曲だったから、なんかすげぇ懐かしくてさ」
「ああ……アイツら頑張ってるよなぁ。昔一緒にやってたなんて嘘みたいだ」
アキラは小さなため息をつきながら、マナブに差し出された小皿を受け取り、ナッツをつまんで口に放り込んだ。
「……だよな。オレ、あの頃が一番楽しかったわ。先のことなんかなんにも考えてなくてさ、仕事も適当にバイト転々としてたけど、それでも毎日満たされてた気がする」
「それは言えてる。オレにはあれ以上のバンドはなかったからさ。次のバンドは、なんかしっくり来なかったんだよな」
「やっぱアイツらスゲーわ。ずっと一緒にやってたのに、どの辺でそんな差がついたんだろうなぁ」
「さぁな」
誰にも話したことはなかったけれど、あの頃アキラは漠然と、いつか4人でメジャーデビューできたらと夢を見ていた。
しかしヒロから声が掛かったのは、リュウトとトモキだけだった。
リュウトとトモキの実力はアキラもよくわかっていたし、これが実力の差だと現実を突き付けられたような気がして、夢を追うのをやめた。
『ALISON』のデビュー曲を初めて聴いた時には、あまりの衝撃で言葉も出なかった。
一緒にバンドをやっていた頃とは比べ物にならないほど二人の技術は上達して、音に深みや迫力が増していた。
そしてジャケットに写る二人は、あの頃より自信と色気の漂う大人の男になっていた。
自分がどんなに手を伸ばしても届かなかったその場所に、二人はいる。
そう思うとただ悔しかった。
昔からの親しい友人の成功を祝いたい気持ちはあるのに、嫉妬して素直に喜べない自分が情けなかった。
アキラがビールを飲み干しておかわりを注文すると、マナブは新しいグラスにビールを注いでアキラに手渡した。
「もう何年アイツらと会ってないんだろう。最近こっちには帰ってきてんのかな」
「ああ……リュウとは夏になる少し前に会った。小学校の時の同窓会に出るために帰ってきててさ」
「どうだった?」
数か月前に会ったリュウトのことを思い出しながら、アキラはグラスを傾ける。
どれだけ有名になっても、リュウトがあの頃と同じように接して『あんま変わんねぇな』と言ってくれたことは本当に嬉しかった。
「なんかちょっと雰囲気が丸くなってた気はするな。優しいっつーか、大人になったっつーか。相変わらずイイ男だった。やっぱ無駄なことは言わねぇけどな」
「リュウは昔っからそうだったな。そういうところがイイ男なんじゃね?」
「まぁ……強そうに見えて優しいし、あれで意外と繊細なんだけどな」
アキラはリュウトがロンドンに行く前に、恋の話を無理やり聞き出して相談に乗っていたことを思い出し、小さく笑った。
「アイツらと一緒にバンドやってたのも、今となってはいい思い出だな。今までのオレの人生の中で唯一の自慢だ」
「オレもだ」
アキラとマナブは苦笑いしながら軽くグラスを合わせた。
「昔の話もいいけどさ。アキ、最近あの子とはどうよ?」
マナブの言う『あの子』とは、アキラの彼女の
清楚な服装を好む物静かな性格で、歳はアキラより5つ歳下の29歳。
損害保険会社の小さな事務所で事務員をしている。
「どうって?」
「うまくいってんのか?」
「別に……普通だと思うぞ」
「付き合ってもうどれくらいになる?」
マナブに尋ねられ、アキラはカンナと出会ったのはいつだっけと思いながらビールを飲んだ。
「えーっと……たしか、1年……くらいか」
「もうそんなになるのか、早いな。今回はずいぶん長続きしてるじゃん」
「あー……そうかもな」
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