夢をあきらめた男たち ②
「こんにちはー。サトミ宅配便でーす」
アキラが荷物を手にして、いつものように声を掛けると、ユキは顔を上げてチラッとアキラの方を見た。
そしてまたすぐにパソコンの画面に視線を戻す。
「なんだ、アキか」
「なんだはねぇだろ。それよりこの店、大丈夫なのか?客いねぇじゃん」
アキラはカウンターに近付きながら、大袈裟に室内を見回して鼻で笑う。
「バカ!!今は休憩中だからだよ!今日も予約いっぱいだっつーの!!それより早く荷物寄越せ、ヤンキー宅配業者!」
「相変わらず口のわりぃ女だな。そんなんだからこの歳になっても嫁の貰い手がねぇんだよ!」
「テメーも独身だろうが!!」
「うっせぇ!早くここにサインをしろ、サインを!!婚姻届じゃなくて残念だな!!」
二人が顔を合わせるといつもこんな調子だ。
周りがどんどん結婚していく中、二人とも元ヤンにはしては珍しく、この歳になってもまだ一度も結婚と言うものを経験したことがない。
お互いにモテないわけでもなければ結婚願望がないわけでもないが、気が付けばいつの間にか独身のままでこの歳になっていた。
「私はアキと違って、結婚できないわけじゃないからね」
ユキがサインをした伝票を突き付けると、アキラはまた鼻で笑う。
「一生言ってろ。言うだけタダだからな」
「言ったな……。態度が最悪なドライバーがいるって会社にクレーム入れてやる!」
「そんなことしやがったら、ここのサロンのオーナーは元ヤンで態度最悪だって、ネットに書き込んでやる!」
憎まれ口の応酬は、二人にとって挨拶みたいなものだ。
店の奥から出てきたサロンスタッフの女性が、いつも通りの二人の様子を見て、おかしそうに笑っている。
出身校こそ違うが、ミナもまた中学時代はヤンキーだった。
「アンタら、ホント面白いわぁ。いつ見ても安定感抜群だよねぇ。案外気が合うんじゃないの?いっそのこと、付き合っちゃえば?」
ミナが笑いながらそう言うと、アキラとユキは二人そろって同じタイミングで、グルンと音がしそうな勢いで振り返りミナの方を見た。
「バカ言わないでよ!こんなデリカシーの欠片もない、ガキみたいなヤツはお断りだっての!」
「それはこっちの台詞だ、バーカ!」
ミナはいつものように、二人のそんなやり取りを、大きな子どもみたいだと思いながら笑って見ている。
「ケンカするほど仲がいいんだよねぇ……」
「はぁ?!心外だわ、これのどこが仲がいいって?」
「オレの方が心外だ!」
二人が言い合っていると、サロンの電話が鳴った。
ユキはアキラをにらみながら電話の受話器を取り耳に当てる。
「はい、ネイルサロンSnow crystal……」
電話に対応したユキが眉をしかめて受話器を置いた。
アキラはユキのその様子を見ながら首をかしげる。
「どうした?」
「切れてた。なんか最近多いんだ、こういうの」
「イタズラ電話か」
「やっぱそうなのかな?単なる間違い電話にしては、やけに多いなとは思ってたんだけど」
ここ最近、同じような電話が度々掛かってくる。
こちらが名乗ると切れてしまうので、番号を間違えて慌てて切ってしまったのかと思っていた。
しかし何度かそれが続くと、ただの間違い電話ではないのかとも思うようになった。
それでも何かしら害があるわけではないので、どこかに似た番号の店でもあって、ただの間違い電話がたまたま続いているのだと思ってやり過ごしていたのだ。
「それ、ユキが電話に出た時だけじゃない?無言で切られたこと、私は一度もないけど」
ミナの言葉を聞いて、ユキは訝しげに首をかしげた。
「ホント?私が電話に出るときだけ、偶然掛かってくるのかな?」
「そうかもな。まぁ、そのうち収まんじゃね?じゃ、オレ行くわ」
「ああ、うん。またね」
「おー」
電話のことは少し気になったが、アキラは次の配送先に向かった。
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