夢をあきらめた男たち ①
11月初旬。
ついこの間まで暑い暑いと言っていたのが嘘のように、吹き付ける風が日増しに冷たくなり始めた。
一軒の住宅の玄関先では宅配業者の男性スタッフが届け物の荷物を家人に手渡し、伝票にサインをしてもらっている。
「ありがとうございました」
「ごくろうさま、ありがとう」
男性スタッフは伝票を手に配送車に戻り、次の届け先をリストで確認する。
「次は……あ、なんだ、アイツの店か」
リストを助手席に置きエンジンを掛けると、カーラジオから人気ロックバンド『ALISON』の曲が流れ出した。
(懐かしいな、この曲……)
アキラは今も鮮やかに蘇る遠い日の記憶に想いを馳せながら、鼻歌混じりに車を発進させた。
昔からの親しい友人たちには『アキ』と呼ばれている。
アキラの中学時代はいわゆるヤンキーと言うやつで、溜まり場にいるヤンキー仲間にギターを教えてもらったり、時には他校の生徒とケンカをしたり、将来などろくに考えたこともなかった。
中学卒業後はバンド活動をしながら、ガソリンスタンドやピザ屋など、いくつものアルバイトを転々とした。
その頃アキラは、中学時代からの友人の
21歳の時、リュウトに続きトモキがバンドを脱退し、実力派人気ミュージシャンのヒロの誘いで、ミュージシャンとしてロンドンへ渡った。
それに伴いバンドは解散。
アキラはバンド解散を機に音楽をやめ、今の勤め先に就職した。
昔はヤンキー仲間だったリュウトも、真面目で奥手な好青年だったトモキも、今では立派な人気ミュージシャンだ。
共に青春時代を過ごしたリュウトとトモキが人気ロックバンド『ALISON』のメンバーとして活躍する姿を見ていると、アキラは誇らしい気持ちになる。
若かりし頃にバンドで演奏していた、リュウトの作った多くの楽曲が、今では『ALISON』の人気曲になっている。
一緒にバンド活動をしていたその頃から、リュウトには抜群の才能があったと言うことだ。
トモキも、ヒロやヒロと親交の深い大物ミュージシャンのバックバンドのドラマーに度々抜擢され、益々注目を集めている。
二人の活躍を見るのは嬉しい。
それなのにアキラは、歳を重ねるごとに自分と二人との距離を感じずにはいられず、最近では二人がやけに遠く、寂しく感じてしまう。
20年前は同じ中学に通って、15年前は同じバンドで活動して、顔を合わせると一緒にバカばかりやっていたのに、10年前にはロンドンと日本で、まったく違う人生を送っていた。
(いつの間にこんなに差がついちまったんだろうなぁ……)
アキラはひとつため息をついて、次の届け先のネイルサロンのすぐそばに停車した。
車を降りて荷物を取り出し、伝票の宛名や配達番号を確かめる。
〈ネイルサロン Snow crystal〉
間違えるわけがない。
このネイルサロンのオーナーも中学時代の同級生で、ヤンキー仲間の一人なのだ。
アキラは荷物を手にサロンに足を踏み入れた。
こぢんまりしたサロンの待合室には客の姿はなく、カウンターの中ではオーナーの女性が椅子に座り、パソコンの画面を凝視している。
仲間内では『ユキ』と呼ばれている。
小学校時代、同じクラスに『アユミ』と言う名前の女子が3人もいて、それぞれ名字で呼び合うことになったのだが、『ユキワタリ』と言う長い名字が面倒だと言う理由で、リュウトが『ユキ』と呼び出したのがきっかけだった。
アキラは別の小学校に通っていたが、彼女が『ユキ』と呼ばれるようになった経緯を、中学時代にユキ本人からそう聞いている。
ユキは高校を1年の途中で中退し、通信でネイリストになるための勉強をして、技能検定試験合格後にはリュウトの母親の
それからコツコツ頑張って顧客を増やし、資金を貯めて、5年前に一念発起してこのネイルサロンをオープンした。
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