第11話 大団円
市長や、澤井が退席する中、大堀は保住の元に駆け寄ってきた。
「室長〜!」
「泣くな。頑張った」
わーと泣きながら抱きついてきた大堀の頭をぽんぽんと撫でた。
「でも、なんでおれなんかが……」
「正直、途中経過はお前の方が不利だったが……
保住は木崎の言葉を思い出す。
『大堀の企画は夢物語でもなんでもありません。補助金や資金繰りのことまで計算されている。別部署にいて、補助金のことまでに気が回る職員は、出会ったことがありません。大堀という職員、まだまだ発展途上ですが、育て甲斐のある有望株であると思われます。どうだろうか。野原課長。この企画は、そのまま次年度計画としてあげても成し遂げられるものではないか』
木崎の問いに、野原は頷いた。
『私も同感です。この企画、是非頂きたい』
この二人の同意は、この場を制するには絶大なる効果を生んだ。それを後押しするかの如く、澤井も言葉を付けた。
『例え架空の企画だとは言え、実現可能で建設的な企画を立案するのは職員として当たり前のことであろう。大堀の企画を知田がプレゼンすれば、更に相乗効果が生まれそうだが——いかがかな?
澤井のコメントに、久留飛は黙っていた。知田の敗北を理解したからだ。
結局——保住は一言も発することなく、大堀に傾いた空気に安堵したのだった。
「木崎次長って、すっごく怖そうでした。それなのに、嬉しいです」
「おれもよくわかってはいないが。まあ、お前の企画に対して、素直にいいと思ってくれたのだろう。よかったな。大堀」
「嬉しいです。みんなの力をお借りして、おれ、本当に嬉しい」
大堀はそうは言うが、今回の企画は、そのほとんどが彼の考えたものだった。
「いや、ほとんどはお前の力だ。見てくれに依存することなく、地道に企画をしたことが、勝因だろう」
保住は、わしゃわしゃと大堀の頭を撫でていると、ふと木崎が声をかけてきた。
「なかなか良いものを聞かせてもらった」
「あ、木崎次長。本当に、ありがとうございました!」
「チームワークを上手く構築するのも能力の一つ。自分を支えてくれる仲間を大事にしなさい」
「はい!」
大堀は顔を赤くして頭を下げる。無表情で冷たい感じの木崎だが、大堀を見て微かに笑みを浮かべた。
——木崎は、大堀の案が一人で成し得たものではないということを察知しているということか?
そんなことを訝し気に思っていると、木崎は保住にも視線を寄越した。
「保住。若い子たちを潰さないよう」
「——心得ております」
保住も頭を下げると、彼は会議室を出て行った。大堀は、今度は慌てて機材の片付けをしている天沼の元に駆けていき、泣きついていた。こういう甘え上手なところが、大堀の利点でもあるのだろう。天沼も相当心配していたおかげで、大堀と喜びを分かち合っているように見受けられた。
敗北でショックを受けているのだろうか。知田の姿は見当たらなかった。早く戻って田口や安齋に結果を伝えようと思っていた保住は、久留飛に呼び止められた。彼はいつもの笑い顔ではあるものの、不機嫌極まりない様子が見受けられた。
「今回の件は、我々の敗北でした。まさか木崎さんがそちらに着くとはね」
「木崎次長は、我々についたわけではない。あの人はあの人の価値観で物事を判断しただけでしょう?」
「それはそうだが——」
「久留飛課長は、なにを成されたいのか? まさか、事業が頓挫すればいいなんて思っているのではありますまい」
「口を慎まれよ。保住」
久留飛は珍しく鋭い声色を発した。保住は目を細めて彼を観察する。どことなしか、彼にはいつもの余裕が感じられなかった。
「今回の件は、そもそも説明会の不祥事から始まったこと。せいぜいお気をつけなされ。この事業が吹っ飛んだら、上層部片っ端から首が飛ぶだろう。キミは爆弾だ。市役所を吹っ飛ばす力がある」
「おやおや。それはお褒めの言葉として受け取っておきましょう」
なにを言っても飄々としている保住が憎たらしいのだろうか。久留飛は悪態を吐いてから会議室を出て行った。
「悪魔のような男だな」
澤井より陰湿でタチが悪い。底知れぬ悪に、保住ですら、不気味な気持ちになった。
——これは始まりなのだ。
彼との攻防は、これからも続くということだ。むしろ、表に顔を出してきたということは、そろそろ久留飛も堪えられない事情があるということだろうと理解した。
——奴は、事業自体を潰す気はないのだ。多分、自分で掌握したいのではないだろうか。澤井の力を削ぐ目的であればだ。
「もっと執拗に仕掛けてくるだろうな。きっと——」
プレ・イヤー。つまり、次年度にだ。天沼と話をして戻ってきた大堀を連れ、保住は自分の城である推進室へ戻って行った。
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