第8話 おれはここにいる。


 ——自分はここにいる。


 大堀は、会議室の中にいる全員が自分を注視している感覚に畏怖を覚えながらも、そこにいた。きっと引き釣っているであろう笑顔も、震える膝も——。その全てが自分なのだ。


 ——緊張するのは当然じゃない。


 そう自分に言い聞かせると、なんだか少し気持ちが楽になった。知田のプレゼンテーションで興奮気味だった室内は穏やかな雰囲気に包まれていた。だが、それが心地いい。


『みなさん、こんにちは。市制100周年記念事業推進室の大堀暁です。本日はどうぞよろしくお願いいたします』


 第一声を発してみると、案外、自分は落ち着いているのだな、ということに気が付いた。たくさんの人の中、保住がにこにことこちらを見守ってくれているのがわかる。彼の笑顔は、どこか嬉しい気持ちにしてくれるものだ。


 ——だから田口は好きなんだ。室長が。


 田口が強くあれるのは、保住という存在がいるからに違いない。だが、自分だってそうだ。


 ——室長だけじゃない。田口もいるし。そして、安齋も。


 喧嘩ばかりだった。なぜ自分が彼に嫌味を言われるのか理解できなくて、苛立ったことも多い。だが、安齋の態度は自分にだけ特別なものではなかったのだ。その中で、安齋という男を理解した。 安齋は、口は悪いが気持ちは優しい奴だということも、だ。


 田口もそうだ。寡黙で不器用。融通が利かないことも多いが、とても優しい男だ。自分の父親に厳しい言葉をかけられても頭を下げてくれた。真面目で実直。裏表もなく、大堀に付き合ってくれる。ぬいぐるみを抱えて二人で歩いたあの日を思い出した。


『ハード面の事業に関しましては、文科省の補助金を多いに活用し、三分の二は賄える試算であります』


 大堀のスライドは、知田のようなエンターテイメント的な要素は皆無だ。だが、内容は端的にまとめられており、統一された色使いやデザインは、見る者に心地よい気持ちになってもらえるように配慮したつもりだった。


 知田は予算まで組み込んでいない。だが、ここは大堀の得意分野だ。事前に調べた文科省の補助金の話を盛り込んだ。


『さらに、この補助金は、今後の発掘調査費としても申請可能であります』


 市長の安田は槇を見た。「本当?」と問うているのだろう。しかし槇がわかるものでもない。槇は困惑した表情を浮かべたが、それに代わって答えたのが木崎きざきだ。


「そのような補助金があると聞いております」


「そうなんだ」


 資金繰りは、地方行政には深刻な問題だ。補助金の活用提案は、現実的にも活用可能なものだ。


「その補助金、使っているの?」


 安田の質問に、文化課長の野原が答える。


「次年度、活用を検討中です」


 安田は「うんうん」と嬉しそうにうなずいた。彼は大堀の話を聞く態勢になる。背もたれから躰を離し、そしてテーブルに手を突いた。


『そして、観光プロモーションの本題に入ります。ここからは、広く遺跡を知ってもらうためのプロモーションです。私が考えたのはこの三つになります』


 大堀はスライドを見て思う。


 ——これは、自分だけの考えじゃない。


 保住や田口、安齋が一緒に検討しいてくれた内容だ。みのりとの会話からもヒントを得た。まさに、総がかりでの企画だ。


 ——だから、知田さんには負ける気がしない!


『一つ目。縄文遺跡は、まだまだ学術的研究が必要なミステリー的な存在です。そこを活用して、遺跡をテーマとしたミステリー小説の公募をいたします』


「小説?」


 安田はきょとんとするが、すぐに笑顔。


「面白そうだね」


『賞金等はまだまだ話を詰めている段階ですが、遺跡をテーマとしての募集です。部門は子供部門、大人部門の二種類です。応募作品はホームページで公開し、人気投票のほか、新聞社、大学、市出身の小説家などで構成する審査委員の選考でグランプリを決定いたします。できれば、出版までこぎつけられると、遺跡のPRにも貢献すること間違いなしです』


 会議室はざわつく。久留飛くるび伊深いぶかたちは「ありえんだろう」と不満そうな顔色だ。だが、もうそんな反応など関係ないのだ。なにせ、保住が——彼が笑顔を見せてくれているということだけで、自信が持てるのだ。


 むしろ、人の意表を突く。この困惑したような空気を自分が作り出しているのかと思うと気分がよかった。今までの自分は人の顔色ばかりうかがっていた。


 「大丈夫だよ」と褒められる無難な事ばかりしてきたのだから——。


 ——気分がいい!


『二つ目は、イメージソングの歌詞を公募したします。小説と同様の方法で選考を行い、グランプリ作品には、梅沢市を代表する作曲家、神崎かんざき先生に曲を付けてもらいます』


 さらに会議室はざわついた。ここまでくると愉快でたまらない。大堀は、次々と企画提案を推し進めた。


『そして三つ目。遺跡をモチーフにしたゆるキャラの作成です。我が市のアイドル、ゆずりんとコラボレーションをさせて、グッズを展開いたします。これから市制100周年記念に向けて、ゆずりんの存在意義は大きくなるばかりです。そのゆずりんとのコラボをすることで、一気に市民への知名度を上げる——。それが私の考えた企画となります』


 大堀のプレゼンテーションは、なんだかワクワクするような内容であったことには間違いなかった。最初ざわついていた会議室は、今や高揚感に包まれているようだった。


『以上となります。ご清聴ありがとうございました。ご検討のほど、よろしくお願いいたします』


 周囲を見渡した。安田は嬉しそうに笑顔を見せている。佐々川もだ。知田を推すメンバーたちはむすっとした顔をしていた。だが——。大堀は保住の笑顔に答えるかのようにぺこりと頭を下げた。フロアから拍手が鳴る。大堀は「やり遂げた」という満足感だけで胸がいっぱいになり、正直、知田との対決の結果などどうでもいいと思った。


 こんな機会を与えてくれた知田に。むしろ感謝の念すら浮かぶのだった。






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