第7話 仕事って楽しい!


 知田という男は、体格もがっちりしており、人の前に立つと、見栄えのする風貌だった。


「まちづくり推進室の知田と申します。本日は、お忙しい中、ありがとうございます。今回は、昨年出土しました、縄文遺跡の観光プロモーション企画のテーマをいただきましたので、このタイトルにいたしました」


 『ジャン』という効果音と伴に、軽快にスライドは進む。知田のスライド作成技術は素晴らしいものだ。行政が得意とする文字ばかりのものではない。アニメーションや効果音を駆使して、見る者を惹きつけるようなテンポの良いものだった。


「へえ? ——で、縄文遺跡ってどんなイメージなのかな?」


 知田の問いに答えるのは、スライドだ。パッと画面が変わり、『縄文遺跡って馴染みがないよね。地味だしね。暗くない?』と表示される。


「そこなんだよね〜。全体的に色彩に乏しいしね。なんだか地味~なイメージだよねえ。ねえねえ、じゃあ、どうやったら市民の皆さんにその魅力を伝えられるかな?」


『やっぱり、楽しいところって感じがいいんじゃないかな?』


「だね〜、……ということで、私が考案した企画の三本柱がこちらになります!」


 知田は口調を変えた。正直、彼のプレゼン能力は大堀を上回るだろうと保住は思った。厳しい展開が予想される。なにせ市長の安田は、こう言うプレゼンテーションに弱い。ちらりと視線を遣ると、すっかり目を輝かせて聞き入っている様子だった。


 ——一番単純で、引き込まれるのが市長。


 他の管理職たちは、冷静な表情で知田のプレゼンテーションを見つめていた。


 彼の提案してきたハード面は、大堀の検討しているそれとほぼ同様な内容だ。遺跡付近にミュージアムを建設し、子どもの遊び場的な要素を取り入れて、ファミリーを巻き込むというもの。


 ——と言うことは、見せ方で押されれば、


「以上、知田でした。どうぞご検討のほどよろしくお願いいたします」


 礼儀正しく頭を下げる知田。

 会場には拍手が巻き起こった。勢いで推して、最後まで綺麗にまとめられたプレゼンテーションであった。


 ——人間とは、その場の雰囲気に流されるものだ。知田はその場の空気を掴むのがうまい。まるで彼の一人舞台だったな。


 晴れ晴れとした表情。知田は満足そうに笑むと、大堀を見た。その瞳は冷淡で、まるで大堀を卑下しているようなものだった。


 保住は隣の大堀を見つめる。彼はガチガチと震えていた。両膝の上でぎゅーっと握られた手は、これ以上やったら傷がついてしまうのではないかと言うほど、きつく、きつく握られていたのだ。


 ——怖いのだろう。


 知田のことだけではない。このシチュエーションに飲まれてしまっているのだ。


 パッと室内が明るくなり、天沼が大堀のスライド映し出す準備を行い始める。しばしの小休止だ。


 安田は槇に「とても愉快。素晴らしいね」と声をかけていようだ。こういった場合、後者の方が分が悪い。前者の出来が良ければ良いほど、後者へのプレッシャーは重くなる。先手の評価を目の当たりにしてしまうと、メンタルが脆弱な人間は自滅するだろう。


 保住の場合は、人のことなど全くもって気にしない質だから、特段問題もないところだが——大堀はメンタルが脆弱だ。それに、相手が知田ということもネックの一つである。小さく震えている大堀を見て、保住は彼の名を呼んだ。弾かれたように顔をあげた彼は、蒼白な顔色のまま保住を見た。


「お前はなんのためにここにきた」


「……おれは。……知田なんて見返すって。乗り越えるって。それに——」


「それに?」


「おれは、室長やみんなと一緒にここで仕事がしたい」


「そうだ」


 ——ちゃんと答えられたな。


 保住はそっと大堀の腕を捕まえてから引き寄せる。


「これ、終わったらお前の家の弁当食べて、打ち上げだ」


「室長」


「それから、お前の企画書。期限過ぎているから。明日までな」


「なっ!」


 大堀は、仕事の催促に「ぶっ」と吹き出す。


「そんなこと言っている場合じゃないですよ。室長」


「これはこれ。それはそれだ」


 保住の言葉に、大堀は張り詰めていた糸が切れたとでもいうのだろうか。大きくため息を吐いて、微笑を浮かべた。


「室長って厳しいです。本当、鬼だ。部下が過酷な状況に置かれているというのに、企画書の催促するだなんて。澤井副市長よりもきつくないですか?」


「そうか? こんな優しいできた上司はそうそういないと思うのだが」


「それ、自分で言います? 田口はどこが好きなんでしょうね」


「さてな。そんなことをはおれに聞かれてもわからん。あいつにでも聞いてみろ。かなり物好きな変り者だぞ。あいつは——」


 大堀は目の色を和らげた。田口のことにでも思いを馳せているのだろうか。


「おれの本音を言ってもいいですか?」


「なんだ。言ってみろ」


 保住は目を瞬かせる。と、大堀は「実は——」と切り出した。


「本当は……室長の評価が、一番恐ろしいです」


「おれ?」


 大堀は頷く。


「室長に見捨てられたら、推進室に居られなくなるんじゃないかって。田口はちゃんとしているし、安齋だって——。おれが一番の出来損ないじゃないですか」


「そうだろうか? そんなことはないだろう。おれも含めて、みんな一長一短だ。四人がまとまって、やっと一人前くらいじゃないのか」


「——え!」


 大堀はきょとんとした後、笑い出した。


「え、え? やっと一人前なんですか」


「そうだろう? 違うか?」


「い、いや。いやいや。そ、そうですね。そうかもしれません——ここにいるメンバーは、どこの部署でもお荷物だったのかも知れないってことですか?」


「お荷物くらいがちょうどいい。人の言いなりになる職員なら、おれの部署にはいらないんだ。自分らしく、個性的なほうが、面白いだろう?」


 天沼が大堀のスライドをスクリーンに映し出した。始まるのだ——。


「室長。今回は楽しかったです。たとえ結果がどうあろうと、おれは楽しかった! 入庁して、こんなに楽しかったことってないです」


『それでは、準備が整いましたので、大堀さん、よろしくお願いいたします』


天沼のアナウンスに、大堀は立ち上がった。


「行ってこい。


 保住の囁きに、大堀は「はい」と大きく頷いてから前に出た。緊張している出で立ちは、誰の目から見ても明らか。だが、彼にはいつも笑顔が浮かんでいた。




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