第5話 詐欺物件
大堀が田口たちの家にやってきて二日目。大堀の料理の腕はかなりのものであった。田口のお粗末な一品料理とは違い、焼き魚の他に、味噌汁と、豆腐の煮びたし、ほうれん草のお浸しなどが食卓に並んだ。
保住と田口は目を輝かせた。
「おおお。大堀。お前の意外な特技だな」
保住の褒め言葉に、大堀は、少しはにかんだ様子で笑みを見せた。
「そ、そんなことは」
「いやいや。お前、いい夫になるぞ」
「そうでしょうか? 料理は嫌いではないんですよ。食べてくれる子がいるといいんですけど」
「なんだ。そういう女性がお前にはいないのか」
保住は意外だと思い、大堀を見つめた。
「彼女いないんですよね~。本当は根暗のキャラなんですよ。おれ」
「弁当屋の手伝いをしているのか?」
「いえいえ。自宅にいる時はパソコンばっかりです。おれ、パソコンヲタクで、プログラムとか組むのが好きなんですよ」
保住は大堀の趣味の内容が理解できない。田口に視線を向けたが、彼も肩を竦めるばかりだ。
「すまない。お前の趣味が理解できん」
素直な感想を述べると、大堀は苦笑いを浮かべた。
「いいんです。理解してもらわなくても大丈夫です。ヲタクですから。ヲタクっていうのは自分さえ幸せなら、それでいいんです」
「お前なあ。そういう考えだから恋人の一つもできないんだろう?」
「室長から恋人作れ的な発言があるだなんて、意外ですよ」
「そうだろうか? ——確かにそうだな。おれもよく、散々、結婚しろ、恋人はどうしたとせっつかれていたものだが、言われる方は、あまりいい気分がしないものだ。それを、自分もするというのはおかしな話だな。ここ最近は、そんなことも言われなくなったから。忘れていたのだろうな」
「忘れていたって……言われなくなるっていうことは、あれ? 室長。もしかして、両家公認なんでしょうか? お二人のことって」
「そうなのだ。実はな——」
「保住さん!」
田口に口をふさがれて、保住は驚く。
「なんだ、ダメか?」
「そういう話しはするものではないのです」
「いいじゃん。ケチ~。田口ってケチクソ」
「そうだろう? こいつはケチクソなのだ」
「保住さん!」
そんな他愛もない話で盛り上がっていると、不意に来客を告げるベルが鳴った。
「こんな時間になんだ。お前、なにか宅急便でも頼むようなことがあったのか」
「いいえ。そんなものはありませんよ」
「——と、言うことは……」
保住は嫌な予感がして、そっと玄関に足を運んだ。案の定——。
「夕飯食べさせてよ。お兄ちゃん」
そこには、保住みのり、保住の妹が立っていたのだった。
***
「わ~。すごい美味しそうじゃない。あ、私は保住みのりです。お兄ちゃんがいつもお世話になっております」
みのりは大堀とは初対面だが、まったくもって動じることはない様子だ。「へへへ」と笑みをみせて上がり込んできて、どっかりと保住の座っていた席に腰を下ろした。
「お前なあ。年頃なんだからさ。もっとさ」
「なあに? 年頃だからなんだって? あのねえ。お兄ちゃん。そういうのはセクハラ発言になるわけよ。いい? 親しき仲にも礼儀ありってね。ねえ田口さん——じゃなかった。銀太くん」
「あ、はい」
「おいおい。そこで素直に返事をするなよ。というか、なんでお前が銀太の名前を呼ぶんだ」
「だって、おかしいじゃない? 内縁関係なわけでしょう? 苗字で呼ぶなんて余所余所しいじゃない。ねえ? ——えっと。なんでしたっけ?」
みのりは大堀を見た。彼は、完全に気圧されている様子で、「大堀です」と小さく言った。
「大堀くんか~。可愛いじゃないの。ねえ、なんでお兄ちゃんの部署は結構イケメンが多い訳? ずるいぞ、ずるい!」
みのりは、そんなことを言いながら自然な流れで保住の箸を持ち上げると、そこにあったごはんを食べ始めた。
——おれのだぞ!
しかしみのりは全く持って関係ない。
「ところで、なんで今日はゲストがいるわけ?」
田口は保住に席を譲ろうと腰を上げるが、そういう気持ちにはなれない。それを手で制してから、自分はソファに腰を下ろした。
「大堀の企画を考えているからな。合宿みたいなものだ」
「合宿で、こんなにいいものを食べるの?」
「お、おれが作ったんです」
おずおずと手を上げる大堀に、「きゃー」とみのりは頬を赤くして笑顔を見せた。
「嘘でしょう? こんなに料理作れるだなんて。彼女は幸せ者ね」
「か、彼女なんて、いなくて」
「マジで!? じゃあ立候補しちゃおっかな」
みのりはかなり冗談の域だということが、兄の保住からは見て取れるのだが。問題は大堀だ。彼はすっかり顔を紅潮させて、みのりの雰囲気に飲み込まれていた。
——騙されるな。大堀。この女は危険だぞ。
将来は自分の母親みたいに進化する、詐欺物件みたいなものだ。保住は咳払いをして、話を戻した。
「梅沢市で見つかった縄文遺跡の企画だ。どうやったら、みんなに興味を抱いてもらえるかということをだな——」
多分。保住の話を遮って、ほとんど聞かないのは、世の中で二人しかいない。
母親とこの妹だ。
彼女は「へ~」と言ってから、豆腐の煮びたしを口に入れて「あ」と言った。
「遺跡って言えば……」
「遺跡と言えば?」
大堀と田口は身を乗り出した。
「ミステリーじゃん!」
彼女は両手を打ち鳴らして、語り出す。
「遺跡なんて、冒険活劇がつきものでしょう? ほらほら。ハリウッドの映画もそうじゃない? ババーンってオーケストラチックなさ、BGMが流れちゃったりなんかしちゃって。薄汚れた服着てるけどさ。大学の教授とか? でも結構ワイルドでさ。ヒロインとはいい感じになるんだけど、結局は報われない恋って感じ?」
「はあ……」
大堀と田口は開いた口が塞がらない様子で、あちこちを歩き回りながら妄想を披露しているみのりを眺めている。保住は額に手を当てた。
——だから男に嫌われるんだぞ! みのり。
しかし、彼女はそんなことはお構いなしだ。
「ミステリーと言えば、殺人事件!」
すると、そこに反応したのは田口だ。
「曰くありの伝説が、その悲劇に関連している——」
「そそ。銀太くん、いい線いってるよ!」
「殺したくて殺したんじゃないんだ——。その動機には、とてつもない切ない理由があって……」
「あって?」
——もう聞いていられるか!
田口が二時間サスペンスドラマ好きなのは知っている。一昔前は、週に何度か放送されていた番組カテゴリーだが、ここ最近、その枠は失くなってしまっている。その代わり、衛星放送などで再放送されているサスペンスドラマを、彼は録画をしてこっそり見ているようだった。
保住は仕事が趣味だ。自宅に帰ってきても、書類を眺めたり、パソコンで資料を作成したりして時間を過ごしている。しかし、田口は違っている。もちろん、仕事をしている時間もあることはあるのだが、暇さえあれば、録画したサスペンスドラマを鑑賞しているようだった。
こういう話題を振ると、話しが終わらないということをみのりは知らない。
保住はソファに座ったまま頭を抱える。
——もう食事などする気にもなれん。
後ろで盛り上がっている三人を放置して、寝室に足を向けた。
「こんな調子で大堀の資料。間に合うのだろうか」
必死になっている自分がバカみたいに思えてきて、やる気が失せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます