第4話 資金繰りはお任せください。
火曜日。
「う〜ん……」
頭をかきかき大堀は唸った。なにかが見えそうなのだ。
——もう少し。もう少しなんだけど……。
「昨日は進んだのか?」
出勤してきた安齋は、荷物を置くと、大堀に声をかけてきた。
「コンセプトが決まらなくてね。一晩考えたんだけどな……」
「そこが肝だろう? そこさえ決まればトントン拍子だ」
安齋は一枚の紙を出した。
「なに?」
「おれも少し考えた」
「え?」
——安齋も一緒に考えてくれているの?
大堀はなんだか心がじんとする気がした。昨晩もそうだった。保住や田口だって、疲れているだろうに、我が事のように夜遅くまで一緒に考えてくれたのだ。
昨晩のことを思い出すと笑ってしまう。 田口がなにか提案すると、保住はああだこうだと反対意見を述べる。大堀も負けじと提案すると、やはり保住は反対意見を述べるのだ。
田口と大堀は、なんとか保住を論破しようと、ない知恵を絞り出して果敢に挑むが、結局は深夜を過ぎてタイムオーバーとなってしまった。
田口や安齋となにかを作り上げる時は、盛り上がって活発に意見を出し合う。お互いがお互いのいいところに乗りかかって、相乗効果を期待しながら——というやり方が多い。
だが、保住の場合は違う。自分たちの意見には、彼は必ずと言っていいほど、反対意見をぶつけてくるのだ。なかなか自分の意見が通らないと、戸惑いや苛立ちが募って来る。悔しくて、なんとかしたいと言う思いに迫られて、頭がパンクしそうだった。
昨日の夜は頭をフル回転しすぎて、眩暈がしそうなほどだったが、一晩眠ってみると、何かが見えてきそうな気がしたのだ。
それは、もうきっと——形になりつつあるはずなのに、もやもやと霧がかかっているようにぼやけて見える。
——なんだろう? えっと……なにかが……。
もやもやとした思考を突き詰めることを断念し、安齋のアイデアを眺めてみることにする。そこには、彼独特の尖った文字が羅列されていた。
——おれの考えていることとは、違う切り口かあ。
「安齋、これ」
「おれの個人的なものだ」
「だけど……いいね。もらっていいの?」
「もちろんだ。お前に使ってもらうために持ってきた」
「ありがとう」
「これが終わったら飲み会、お前持ちでみんなを招待しろよ」
「え」
「独身で、実家暮らしなんだ。金くらいあるだろう?」
「ぐ」
——適当なことを言ってくれる!
だが気持ちは嬉しい。安齋は敢えて「お返し」の内容を提示することで、大堀に気を遣わせないようにしてくれているのだということ。今なら理解できる。彼は素直ではないが、根が優しい男だ。大堀はアイデアを眺め、それから黙り込んだ。
***
時間は嵐のように過ぎていく。
「昨年度発見された縄文遺跡は、まだまだ発掘途上です。ですが、これから遺跡を中心とした街づくりを推進していけるという可能性はあると思うのですよ」
大堀は、スクリーンに映し出されたスライドを指し示す。
「発掘現場を中心とした、観光施設の建設を行います。メインミュージアム、そして、子どもの遊び場、学習施設などを想定しています。車で十分以内のエリアには、梅沢市の自慢の温泉街もあります。そことのコラボができないか思案しているところです」
大堀の説明に、保住は眉間に皺を寄せた。
「まあ、そんなところが無難な線だろうな」
「ですね」
「それ以上のことはないですよね」
田口と安齋も顔を見合わせた。そして、大堀も大きくため息を吐く。
大堀はかなり行き詰っているようだった。出てくるアイデアはありきたりの街づくりの企画ばかりだ。
しょんぼりとしている大堀に、田口は声をかけた。
「しかし、そこは外せないところだろう? きっと知田も似たようなアイデアを出してくるのではないだろうか。そうなるとむしろ、そこを外す必要はないように思えるな。」
——これが無難な線なんだ。だから、敢えておかしなことはしないほうがいい。
田口の意見に同意見なのだろう。保住も頷いた。
「知田は現職でまちづくりに取り組んでいるのだ。こう言った提案はお手の物だろう」
「ちっともフェアじゃないじゃないですか。知田のほうが知識も経験も豊富じゃないですか」
安齋は憤慨しているようだった。
——本当に、いい奴なんだか、悪い奴なんだかわからないな。
田口は内心、おかしくて仕方がない。思わず笑いそうになるのを堪えて、咳払いをし、話を元に戻した。
「どこで差をつけるか、ですかね。箱物は知田のお得意芸だとして、こちらはソフト面で推すしかないってことですよね」
「そうだよね。おれもそう思うんだよね。遺跡をどう周知するのか、みんなが釘付けになるようなプロモーション——とかでしょう?」
大堀は苦笑する。そしてから、手元にある書類を持ち上げた。
「ハード面は当たり障りないものにしてみます。市長も同席してくださるとのことですよね。やっぱり財政面での工夫って魅力的だと思うんですよ。で、文科省の補助金も調べました」
「そうか」
——お金のことは抜け目ないな。
田口は目を見張る。そして、保住も同感なのだろうか。「ふふ」と笑みを見せた。
「では、おれたちが得意なソフト面の企画でも楽しく考えようじゃないか」
保住の掛け声に、田口は「そうですね」と言った。
「楽しく、ですね?」
安齋もにやりと口元を歪めた。これは大堀の案件であるはずなのに、ここにいるみんなが楽しんでいるのだ。
——純粋に仕事バカなんだよな。
昨年度の職員研修の際も、架空の事業であるにも関わらず、安齋や大堀、田口たちは、必死に企画立案に取り組んだのを思い出す。
もしかしたら……どころか、せっかく企画を捻りだしても、それは全く持って業務にはいかされずに無意味なことであるにも関わらず——だ。
安齋や田口たちの雰囲気を感じ取ったのか、大堀は大きく肩で息を吐いていた。
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