第3話 好きになる理由
その日の夜。大堀は田口の運転する車の後部座席にちょこんと座っていた。
「……あの、やっぱり遠慮しておいた方がいいんじゃないですか」
大堀は居心地が悪そうにもぞもぞとしているが、助手席にいる保住はお構いなしだ。外の景色を眺めなら、ぼんやりと呟く。
「そんな遠慮するな。——なあ、銀太」
「ええ、平気です。大堀、気に病むことはないのだぞ」
「気に病むことはないのだぞって……。こっちが気を使うんですけど」
——『銀太』って。
大堀は苦笑した。もうすっかり帰宅モードだと、保住は気が緩むのだろう。それに疲れもあるに違いないのに、これから自分のことに付き合ってくれると言うのだ。本当に保住も田口も人がいいと思わざるを得ない。
知田との対決にあたり、保住から『みんなで考えてはどうか?』と提案を受けた。確かに、今回のルールの中に、他人の力を借りることはNGであるとは書かれていなかったのだが。遺跡プロモーションをどう展開していくのか、一人でモヤモヤと考えていても仕方がないと思ったのだ。
大堀は、さっそく保住の提案を受け、協力を請うたのだった。
大堀が連れてこられたのは、市役所からほど近い、住宅街の中にあるアパートだった。外観はそう新しくもなさそうな感じだが、部屋数が多いファミリータイプだからか、閑静な様子が見て取れた。
アパート前の駐車場の一つに田口は車を駐車する。二人が下りる様子に、大堀も習って外に出た。二人にとったら、慣れ親しんだ場所なのかも知れないが、大堀は初めての場所で、緊張してばかりだった。
「大堀、こっちだ」
保住に促されて玄関から中に入る。外観よりも中は比較的新しく見える。リフォームでもしているのだろうか。大した生活感もないくらい、物が置いていない。ここに男二人で住んでいるというのだろうか? そんなことを考えていると、「おい」と奥から保住の声がした。大堀は靴をそろえてから中に入り込んだ。
リビング奥の部屋の前で保住は「大堀はここで寝るんだぞ」と言った。
リビングと奥の部屋は天井までの扉で仕切られているようだ。普段、扉は開かれているのだろう。壁がない分、開放感がある作りだった。
古びた下町の弁当屋育ちの大堀からしたら、賃貸物件というのは物珍しいものだ。「はあ」と感嘆の声を上げながら周囲を見渡した。
大堀が割り当てられた部屋は、四畳くらいだろうか。パソコンが置かれているテーブルと、書棚があった。
「布団になるがいいか?」
「ソファとかで大丈夫ですよ。おれ。わざわざ布団だなんて……」
「風邪でも引かれたら困る。この部屋使っていいぞ」
保住はデスク上のノートパソコンのコードを抜いてから、その場所からよけた。
「ここで好きに使っていいぞ」
大堀が外勤用に使用しているパソコンを代わりに置いていると、田口が顔を出した。彼は保住と大堀が話ている間に、エプロンをしてワイシャツの腕まくりをしていた。
「夕飯はおれが作るので、保住さんたち順番に風呂に入ってください」
「田口……。お前、そんな家庭的な不似合いな恰好しているの? 毎晩?」
大堀の素直なコメントに、彼は顔を赤くした。
「からかうなよ」
「だって」
「銀太のエプロン姿って、本当に似合わないよな。おれも同感だ」
保住はニヤニヤとしている。
「保住さん!」
からかわれて更に顔を赤くしている田口は見ていて愉快。大堀はなんだか心がほっこりと温かくなる気がした。
「室長より先にお風呂に入るだなんていけません。おれ、最後で大丈夫です。田口、夕飯の手伝いするよ」
「そうか?」
「おれの家、弁当屋ですよ。任せてください」
保住が廊下に出て行くのを見送ってから、大堀は田口の隣に立った。
「田口はいつもこんな生活しているんだね」
大堀は大きな手で、覚束ない様子の田口を見つめる。
「本当は保住さんのほうが料理は上手だ。だけど、いつも疲れているようだし。おれにできることはしたいんだ」
——本当に田口って……優しいんだよね。
「なんだかさ。保住室長が、田口のことを好きになる理由がわからなくもないね」
「え?」
「いやいや。こっちのセリフ」
大堀は「どれ」と腕まくりをした。
「弁当屋の息子。ちゃんとお世話になった分は返さなくちゃね!」
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